第48話

彼は、そのまますたすたと歩き始める。


 それにハッとした男の子か慌てて止めに入った。



「まっ、待ってください! こんな事をしたら、また何を言われるか……!」


「気にするな。そもそも、この“イル・イゾレ”の守護をしているのは我だ。大丈夫だよ」


「どうしてそうやってご自分の立場をご自分で悪くしていくのですか!」


「そのつもりはない。ただ、彼女は放って置けなかった。それだけだよ」


「でも……っ!!」


「ロシュ、よく、感じてみてごらん」


「……?」


「お前もよく知る、彼女の気配。触れてみて、感じて。彼女の体温を」


「…………」



 その言葉に、おずおずとしながら、男の子――ロシュは、そろりと彼の腕に抱き上げられている少女に触れた。


 最初に感じたのは、冷たい、ということ。湖に落ち、さらに、ずぶ濡れになったままの衣を身につけているのだから、そうなって当たり前だ。


 しかし、次に感じたのはかすかに記憶にある、暖かさ。


 それに眉をしかめる。人間の女の子相手に、なぜそんな風に感じたのか。


 そして、最後にロシュは、その腕で包まれた時の暖かさを思い出す。はっとして、思わず彼女の体にペタペタと触れてしまう。冷たい体を温めたい一心で手を伸ばす。



「ロシュ」


「……!」


「大丈夫だ、ロシュ。落ち着いて」


「で、でも……っ」


「いいから。とにかく、“屋敷”に戻ろう。話はそれからだな」


「……はい」



 ロシュはシュンとしたまま、歩き始めた男性の後ろをちょこちょことついていく。


 それを横目で見ながら、彼は視線を自身の腕の中に戻す。赤みのない頬。日に焼けていない、不健康そうな肌。軽すぎと感じるほどの体。


 彼女の生活がうかがえる。


 もっと、もっと早くに“その言葉”を呟いてくれれば、助けに行けたかもしれないのに。彼女は、それをしなかった。



「……そんなにも、嫌だったのか」



 それとも、他に理由があるのだろうか。


 そんな事を考えながら、彼はそのまま自身の屋敷に入っていく。



「お帰りなさいー」


「お帰りなさいー」



 てててっ、と駆け寄ってきたその存在たちは、彼の腕の中の存在に気づくと、ふっと警戒した。



「安心しなさい。彼女は危害を加えない」


「信用できないっ!」


「信用しないっ!」


「レプレ、レプス、落ち着いて」


「だって、人間!!」


「そうっ、人間なんだよ!!」



 警戒をあわらにするその二人にどうしたものかと戸惑ったけれど、今は一刻も早く腕の中の少女を温めなければならない。あとで何時間でも文句を聞こうと決め、彼はそのまま屋敷の中に入っていく。


 そして、ロシュを呼び寄せた。

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