第46話
「まっ、待て、待ってくれっ! その背中に、白紅麗がっ!!」
《人間、ここがお前たちにどう呼ばれているのか、知っているだろう》
「な……っ!?」
《ここは、“生贄の湖”だ。ここに落ちたものは全て我らのものとなる。故に、この背中に乗っている“娘”も、我が貰い受ける》
「……っ!? 待て! 白紅麗はっ、誤って落ちてしまっただけで、あなたに差し出すためのものではない!!」
《……ほぅ?》
「だからっ、白紅麗を返してくれ! とても、とても大切なんだ!」
切実なその言葉に、その巨大な存在――竜は、耳を傾ける。しかし。
《だからどうした?》
「何…………っ!?」
《お前が“彼女”を幸せにできると思っているのか?》
「……っ!?」
《自惚れるなよ、人間》
そう言って、竜はもう一度大きく羽ばたく。その巨大な体がどんどん上昇していく。それを、ただ見ているしかできない帝は、言葉を失う。
あの、異形に何がわかるというのだろうか。
白紅麗を見初めたのは、自分だ。白紅麗が欲しかったから、卑怯な手も使った。しかし、あの竜はそれを見透かしたかのように帝に言葉を投げつけてきていた。
信じられなかった。けれど、そのまま白紅麗を諦めることもできない。
「白紅麗っ!!」
声の限り叫んで、怒鳴って。
この声が、白紅麗に届くように。
この想いが、白紅麗に届くように。
届かないとわかっていても、この手を必死に伸ばして。
しかし、現実は無慈悲なのだ。
「……っ白紅麗!!」
どれほど叫んでも。
――この声は、竜の羽ばたきによって阻まれる。
どれほど叫んでも。
――この想いは、白紅麗には届かない。
ただただ悔しさにかられる。どうして届かないのかと。なぜ、この気持ちが受け入れてもらえなかったのかと。帝は、最初から白紅麗を受け入れていたというのに。
切なさと、遣る瀬無さと、悔しさが混じり合って、胸中を荒れ狂う。
そんな帝を一瞥し、竜は吐き捨てるように言った。
《――傲慢だな》
その一言に目を見開く。竜は、満足したのか、羽ばたきを大きくして、先ほどよりも早く上昇していく。
――もう、手を伸ばしても届かない。
分かっていても、それでも帝は諦められなかった。
「……っ、絶対に、貴様から白紅麗を取り戻してやるっ!! 白紅麗は、俺のものだっ!! お前のような異形に、絶対に渡さないからなっ!!」
その叫びを聞きながら、竜は、さらに“上”へと登っていく。
その姿が完全に点となり、見えなくなるまで、帝は空を睨みつけていた。
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