第45話

息が苦しいと、体が訴えてくる。口から空気が抜けて、気泡となった上に登っていくのをぼんやりと見つめる。水の中から見る水面は、どこか荒々しく感じられた。


 そんなことを考えながら、白紅麗は無意識に、その手を伸ばした。水面に向かって。本当に、無意識に。


 頭の奥が痺れる。苦しさにもがこうとする本能を、そんなことをしても無駄だと言う感情で押さえつけ、白紅麗はどんどんと沈んでいく。


 ああ、ようやく、この命を手放すことができるのだと、白紅麗は実感する。


 もうすぐ死ぬのならば、もう、いいだろうか。



 ――ずっとずっと、胸の内に秘めていた、“あの言葉”を、呟いても。いいだろうか……?



「――――」



 ごぼごぼと、水の中で言葉を吐き出す。しかし、自分でもなにを言っているのかわからないほどに不明瞭な声は、結局水の中に消えていった。



 ――刹那。



 水底が、動いた・・・


 背中に受ける水圧が変わり、白紅麗は手放そうとして居た意識を戻される。なんなんだろうと、消えていく意識で考えた瞬間――。




 ――どぉん!!





 という、爆音とともに、白紅麗は湖から抜けていた。

 なにが起こったのか、全くわからない。


 白紅麗は、自分が何かに乗っている・・・・・と自覚する。


 しかし、痺れた頭ではなにも考えることができなくて、目の前も霞んでいく。必死に体を動かして、なんとか横を向く形になった時に、白紅麗は珍しいものを見た。



(……成竜の、鱗なんて……珍しい……)



 規則正しく並んだそれを、手のひらに感じる。


 白紅麗は、それを最後に、その意識を手放したのだった。









 帝と、影は突然現れたその巨大な存在に驚愕を隠せない。


 美しい鱗は陽の光を反射して、輝く。真珠を彷彿とさせる輝きだ。一切の濁りのない、真っ白な巨体。それは、神秘的な雰囲気を放っていて、何か言葉を言いたくても、言えるような雰囲気ではなく、結局二人ともに言葉を失ったまま黙っている。


 と、直接頭に語りかけるように“声”が聞こえた。



《……人間が何用だ?》



 低く、成人男性のような声。落ち着き払ったその声に、二人ともに未だに呆然としている。


 その声を放った存在は、縦長の動向をきょろりと動かして周りを見る。爬虫類を彷彿とさせるその瞳に、帝も影も、ゾッとしたものを感じた。


 大きな顎門を少しだけ開けて、その存在は息を吐き出す。長い尻尾はだらりと水面に少しだけついており、その巨体を浮かせている巨大な翼が背中から二つ出ている。


 ばさっという羽ばたきをすれば、驚くほどの風が襲ってくる。その風を受けた影は、崩れそうになる体制をなんとか整え、船にしがみつく。


 そんな様子を見るともなしに見ていたその存在は、再び人間に語りかけた。



《何用かと聞いたのだが。特に用はないらしいな。……では、我は戻らせてもらう》



 そう言って、その存在は大きく羽ばたく。


 それにハッとして、帝が声を張り上げた。

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