第44話
だからこそ、白紅麗は微笑んだのだ。
「――その救いは、私の求めているものではないと、断言できると思います」
そして、相手に言葉を突き刺したのだ。
白紅麗のその言葉に、彼は言葉を失う。なぜそのようなことを言うのか。まだ、共に過ごした時間などほんの僅かにもかかわらず、なぜそんなにも断言するのか。それが、彼にはわからないのだ。
そんな彼を見つめながら、白紅麗はやはり微笑みながら言葉を吐き出していく。
「私は、私の感じた幸せが、私の一番の幸せだと、そう思っております」
「……帝は、お前に心を砕くだろう。だからこそ、お前を正室にしたはずだ」
「それは、あの方の勝手な思い込みです」
「な……っ!?」
「私は、それを望んではおりませんでした。あの方の隣に立ちたいと、望んでおりませんでした。ずっと、寄り添って居たいなどと、思っておりませんでした……!」
ああ、不敬罪になる。そう思うのに、言葉が止まらない。
口調もどんどんと荒くなっていく。
感情に、振り回される。
白紅麗には、初めての経験だった。
「なぜ、私の幸せを勝手に決められるのですか、なぜ、私の言葉を聞かず、勝手に私の幸せを決めたのですかっ!? 私は、私の小さな世界で、小さな幸せをこの手に握ろうとしていたのにっ! どうして……っ!!」
喉が痛い。
それは、きっと叫んでいるから。今まで、こんなふうに叫んだことなどなかったのだ。
胸が痛い。
伝わらない感情や思いがあるのは、こんなにも苦しいのかと、改めて突きつけられる。
そんなこと、わかって居たはずなのに。
「――白紅麗っ!!」
陸地の方から、声が聞こえる。白紅麗を見初めた、帝だ。息を切らせているのだろう。遠目から見ても、息が上がっているのわかる。
けれど、そんなこと白紅麗には関係ないのだ。
「白紅麗っ、そのままっ、そこにいろっ!! 影っ、そのまま白紅麗を手放すなよ、絶対にっ!!」
なにをそんなにも必死になる必要があるのか。もう、何もかも遅いと言うのに。
――それは、本当に一瞬のことだった。
帝の影の意識が、白紅麗から逸れたほんの一瞬。その隙をついて、白紅麗はするりと影の拘束から逃れた。
そして。
本当に自然な流れで。
その長い髪と。
風にかすかにはためく衣を身に纏ったまま。
――白紅麗は、“生贄の湖”に、その身を落としたのだ。
「白紅麗――っ!!」
誰かの悲鳴が聞こえる。けれど、そんなことは白紅麗には関係ない。
求めて居た声ではないのだから。この感情はなんなのだろう。依存? ――けれど、そんなことは関係ない。
この手に幸せを掴むために、白紅麗は逃げる。
(……次の世で、もう一度あなたに出会えたら)
そんな、無駄なことを考えながら、白紅麗は沈んでいく。
身に纏った衣が水をどんどん吸い込んでいき、体が重くなっていく。
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