第43話

「このまま、ここに落ちればよろしいですか?」



 白紅麗のその発言に、彼はさすがにどうすればいいのかわかなくなったのだろう。困惑と、警戒の混じった視線が白紅麗を射抜く。


 しかし、それでも白紅麗はやはり微笑みを浮かべていた。



「……なにも、企んでおりません」


「そんなの、わからないだろう」


「そうですね……。……唯一言えるとしたら、私は、今この現実に、絶望しております」


「……なっ?」


「だって、そうでしょう。信じていた妹は、本当は私のことなどなんとも思っていなかった。私の独りよがりで、妹に負担をかけていた。慕われていると思っていたのも、全てが夢でした」


「それは、」


「それに、私には選択肢など与えてもらえなかった。好いている方とともに歩むことすらも、私にはできない。私を受け入れてくれた彼に、私は依存して、無意識のうちに寄りかかって、頼って……どれほどの負担をかけていたのでしょう」


「お前は、どうして」


「帝の正室になることは、きっととても名誉なことなのでしょう。貴族の姫たちが皆望むことです。ですが、私は生まれた時からその選択肢を奪われておりました。ずっと、あの家で、“妖”と蔑まれながら生きていました。その中で、私は私にとっての小さな幸せを見つけたのです。ですが、それを無慈悲に、残酷なほど自分本位な理由で、あの方は私から幸せを奪ったのです」


「…………っ!!」



 そう。


 それはとても残酷に。璃と一緒に居られるかもしれないと思っていたその刹那に。目の前から全てを奪われた。


 真っ暗闇の中で、かすかな光を見つけて手を伸ばした白紅麗を、まるで嘲笑うかのように。


 家のためには、たしかに帝と一緒にならなければならないだろう。しかし、なぜ今まで自分を蔑んで来た家のために、白紅麗が犠牲にならなければならないのだろうか?


 都合のいい時だけ利用されることなんて分かってはいたけれど、これは白紅麗にとっても許容できるものではない。


 拒絶したのに、それすらも無視されて、今白紅麗はここにいる。


 白紅麗にとって、今目の前にいる帝の影が、救世主に見えたのだ。


 この真っ暗闇の中で、静かに近づき、その時を狙っている。


 自分で幕引きができない白紅麗に代わって、彼は白紅麗にそれを与えようとしてくれているのだ。



 ――それに縋って、なにが悪いというのだろう?



「私は、この世から、消えて無くなりたい」



 そう言った瞬間に、白紅麗は立ち上がった。


 船が揺れる。


 しかし、それに反応して、彼は白紅麗に手を伸ばし、今にもに身投げしそうな白紅麗を引き止める。



「……帝と一緒にいれば、お前のその孤独も、救われるかもしれないんだぞ?」



 白紅麗を引き止めようとしているのは言葉に、しかし、白紅麗の胸には響かない。

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