第40話
――とん、とかすかな音が聞こえた気がして、白紅麗ははっと顔を上げる。
目の前には、真っ黒の衣を身につけ、同じように黒い布で目元以外全てを隠している人物が立っていた。驚きで目を見開いてしまう。
そんな白紅麗を無関心に見つめ、その人物は抑揚のない声で告げた。
「……三日後、貴様を迎えにくる。それまで大人しくまっていろ」
そうたった一言だけを伝えて、その人物は一瞬のうちに姿を消す。それに驚きながらも、白紅麗はどこか他人事のようにそれを聞いていた。
(三日後……私は……)
帝に嫁ぐ。
それは、喜ぶべき事柄のはずなのに。白紅麗は全然嬉しくない。無関心でいてくれたならばよかったのに、それを許してくれない。
本当に望んでいるのは、璃のはずなのに。
白紅麗のその願いが叶うことは決してない。
――再び、静かに涙が流れた。
◇
迎えに来たのは、若い男性だった。柔らかそうな栗色の髪に、同じ色の瞳。印象と違うのは、その瞳がぐっとつり上がって、その色とのちぐはぐさを受けさせられるからだろう。
「お迎えにあがりました、白紅麗様」
しかしそれでも、その声音はどこまでも優しく、丁寧な対応に、白紅麗は戸惑いながらもその人についていく。
移動に日にちがかかるということで、白紅麗は籠に乗せられる。一緒に乗り込んで来た男性には驚いたけれど、そんなことを気にしも仕方がないかと思い、白紅麗はそのまま男性と相乗りすることとなる。
まるで白紅麗を見張るようなその視線に気づかなかったわけではないけれど、それこそ気にしても仕方がないことだ。
白紅麗はただ黙って籠に乗せられていた。
日が沈みそうになる頃には宿泊する場所についたということで、籠から降ろされて、部屋に案内される。
明日、また伺うとだけ言って、男性は部屋から去っていく。
(…………これ、何日ぐらい続くのかしら……)
そんな疑問を持ちながら、白紅麗はその日、早めに寝てしまおうと思い、そのまま眠りについたのだった。
――それから、その日々が繰り返される。ついたと言われたのは、出発してから五日後だった。
目の前に広がったのは美しい緑の自然と、湖の青い美しさ。目見開くほどのその光景に、白紅麗は言葉を失う。
「白紅麗様?」
背後で、この五日の間、ずっとそばにいてこちらを監視していた男の声がする。
白紅麗は、思わず、その相手に体を向き直し、そしてその手を握りしめた。
「っ!?」
白紅麗の突然のその行動に驚いて、相手が声を失う。しかし、白紅麗は気づかない。
とても興奮していたのだ。
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