第37話

何かを言おうとその口を開いた刹那に、音もなく現れた影に、喉元に鋭利な刃物を突きつけられる。そのままぐっと力を入れられれば、その喉から血が吹き出るだろう。そう思わせるほどに、その影が放っている殺気は恐ろしい。



「……先程から聞いていれば、お前には考える脳がないらしい」


「……っ」


「このようなもの、殺してしまいましょう。帝。御許可を」


「待て待て待て……、それをして仕舞えば、一応まだ家族の白紅麗が悲しむかもしれないだろう。やめておけ」


「なぜ」


「言っただろう。白紅麗が悲しむからだ」


「その醜い娘ですか」


「……!」



 全身を黒い衣で身を包み、目元しか見えないように布を顔に巻いているその人物に睨まれて、白紅麗は体をびくりと強張らせる。


 それをみて、帝が眉をしかめる。



「おい影……、白紅麗を怯えさせるのは間違いだ。それに、白紅麗は醜くない」


「この国にはない、その珍しい髪色と、瞳の色でそんなことを言うのですか」


「当たり前だろう」


「……そうですか」



 そう言って、全身黒の人物は気配もなくその場から消える。詰められた息を吐き出す。


 白蓮は、その場にへたり込んだ。



「悪いな、俺の影はどうやら短気らしい」



 そう言って、帝は白紅麗のすぐそばにしゃがみこむ。そして、白紅麗を覗き込んだ。



「大丈夫か? 悪いな、あいつはちょっと融通が効かなくてな……」


「……いえ、あの方がおっしゃっていることは、……間違ってはおりませんから……」



 白紅麗のその肯定された言葉に、帝が反論しようとする。しかし、不意に聞こえてきた足音に、全員が体を反応させる。


 じっと、開け放たれている襖の奥を見つめていると、そこにはいてはならない人物が現れた。



「姉様っ!」



 息を切らせて、現れた白雪姫に、白紅麗は胸が痛みを訴えてくる。思わずその胸元を押さえつけて、顔を晒してしまった。


 それに気づいた白雪姫が泣きそうに表情を歪めたのを、白紅麗は知らない。



「……姉様、あの、わたくし、姉様に言いたいことが……」


「……白雪姫様、申し訳ありませんが、私は、何もございません」


「姉様……なぜ、以前のように呼んでくださらないのですか……?」


「もう、私と白雪姫様とでは、立場が違うのです。……いえ、昔から、ずっと違っておりました。あのように砕けた言葉を使うこと自体、私には許されないことでした」


「そんなことは……っ!!」


「もう、よろしいでしょう。皆さま、お引き取りくださいませんか」



 白紅麗のその拒絶に、白雪姫はついに涙を流す。白蓮は、いまだに呆然としていて、帝は白紅麗が一人になろうとしていることに気づく。

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