第33話

それを受け、父親はそれでも、その言葉を信用することはできず、とりあえず、数日間は白蓮を師と仰ぎ、勉強しろといって、その場から立ち去った。


 白蓮も、何かを言いたそうにしていたけれど、何も言わずに、何かを喚いている白雪姫を引きずるようにしてその場から立ち去る。一緒に璃を部屋の外に誘う。しかし、なかなか出てこない璃に、苛立ちを覚えたのか、怒鳴ろうと口を開こうとしたが、その前に、白紅麗が叱咤する。



「璃、あなたは、もう私とは無関係の人間。いつまでここにいるつもりなのです」


「白紅麗様……っ!?」


「あなたは、白雪姫様の婚約者となり、私とは無関係。いつまでも女人の部屋に居座るとは、無礼にもほどがあるのではないかしら?」


「……っ」


「出て行きなさい」



 白紅麗にそう言われて仕舞えば、璃はそれに従うしかできない。


 後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にする。


 しんとした部屋の中で、白紅麗は座り込んだ。


 なにを、信じればいいのかわからなくなる。どうすればよかったのだろう。手放したくないと、泣き喚けばよかったのだろうか。いや、そんなことできるはずがない。


 信じていた相手は、自分のことをただ邪魔だと思っていたのだ。そして、奪われた。


 胸中を襲ってくるこの感情は一体何なのだろうか。


 感じてはならない感情が、襲ってくる。混乱する。それでも、声を出してはいけないと、本能でわかっているのだ。白紅麗は、必死に両手で口を押さえつけて、声を出さないように我慢する。


 声を出して泣き叫びたい。


 けれど、“それ”は白紅麗には許されない行為なのだ。


 “妖”である自分が泣いてはいけない。声を出して泣いてはいけない。


 藤色の瞳から、とめどなく流れてくる。本当は、流してはいけないとわかっているのに。止まらないのだ。


 嗚咽を必死に抑える。このまま息を止め続ければ、この命を終えることができるのに。


 苦しくなれば、体は自然と空気を求めて息をする。


 その時にかすかに溢れてくる声ですらも、最小限にして。


 白紅麗は、ただただ、涙を流し続けた。









 生きてきた中で、一番の衝撃を受けたにもかかわらず、朝は必ずくる。朝日に照らされて、白紅麗は目を開ける。まぶたが少し重たく感じるのは、涙を流し続けたからだろう。


 今日から白蓮に礼儀作法を習わなければならないというのに、これでは無理だ。そう思ったけれど、どうせこの容姿を見るのを嫌悪しているのだ。いつも通りに頭から衣を深く被り、この姿を隠せば何の問題もない。そう結論づけて、白紅麗は準備を始めた。

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