第23話

いつも通りの日々を過ごしていた白紅麗は、珍しく一人で部屋まで戻っていた。


 璃は何か用事を頼まれたらしく、どうしても白紅麗を迎えに行けないという事だったため、そちらを優先してもらい、白紅麗は一人で部屋に戻ると伝えてある。


 最初、璃はすごく渋い顔をして白紅麗を一人にさせることを不安に思っていたが、白紅麗が大丈夫だからとなぜか璃を説得して、一人で部屋に戻ることとなったのだ。


 どうせ屋敷の中で、この時間帯に白紅麗が白雪姫の部屋から出てくるとわかっている者たちは、ここに近づこうとはしない。


 てくてくと歩いていた時、ふと庭を見ると、大きな桜の木があり、そしてその花は少しだけ咲いていた。



「……桜」



 自身の名前と同じ響きを持つその花を白紅麗は好んでいた。薄い桃色の花びらがハラハラと舞うその様は、本当に美しくて白紅麗は思わずそれをじっと見つめる。


 美しく咲き誇って、そして、優しく散りゆくその姿を見て、羨ましく感じる。


 あんな風に自分もなれたら、どれほどいいかと考える。


 しかし、考えても仕方がないとゆるく首を振って、白紅麗は自室に戻るために一歩踏み出す。



「――失礼」



 踏み出したはずの体は、なぜか意に反して後ろに引っ張られ、白紅麗は驚く。


 慌てて後ろを振り向いてみれば、そこには見たことのない男性が立っていた。


 歳はおそらく二十五歳前後。高身長で、長い黒髪は、ゆるく横に流すように括っている。そして、驚いたのは、その瞳が黒かと思ったら、深い深い藍の色だったということ。


 そして、驚いたのは白紅麗だけではなかった。


 白紅麗を引き止めたその人物も、白紅麗を見て驚きを隠せていなかった。


 相手のその反応を見て、白紅麗はその表情から色をなくした。思わず握られている手を振り払って、白紅麗はその場から逃げ出す。



「あっ!」



 背後でそんな声が聞こえたけれど、そんなことは気にしていられない。白紅麗は急いで自身の部屋の中に逃げ込み、そして、襖をぴったりと閉じた。


 それに安堵して、深く息を吐き出す。



(……び、びっくりした……!)



 まさか自分に触れて話しかけてくる人がいたなんて、思いもしなかったからだ。一応、このかなどめ家の一の姫として過ごして来た白紅麗は、思わずとってしまったその行動を仕方がないと必死に言い聞かせる。


 そして、ハッとする。



(……もしかして、女中と思われていた、とか……?)



 そうだとすれば、ものすごく失礼な態度を取ってしまったことになる。

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