第19話
ロシュは、するりと白紅麗のお腹付近から抜け出して、そして、感謝の意味を込めて、その病的に白い頬に擦り寄る。
その時、ふっと白紅麗が覚醒した。
「……どう、したの……?」
「……、……!」
「もう…、帰る?」
「……」
白紅麗の、寝言のような言葉に、ロシュはこくこくと答える。
すると、白紅麗は小さくそう、と呟く。そして、微笑んだ。
「それがいいと、私も思うわ。あなたは、ここにいちゃいけないと思うの。人間の醜さに触れる必要は、もうないのよ……。だから、…………お帰り」
腕を持ち上げて、白紅麗はロシュの怪我に触らないよう、その頭を撫でる。小さな角が指先に当たるのを感じながら、白紅麗は微睡む。
そして、小さく呟いたのだ。
「…………ごめんね」
ロシュはハッとしたように白紅麗を見るけれど、綺麗な藤色の瞳は完全に隠された後だった。それにしゅんとして、ロシュはもう一度、その鼻先を白紅麗の頬に擦り寄せてから、人影に近づいた。
「……もう、いいな?」
「……」
かけられた言葉に、ロシュは弱々しく頷くしかできずに、けれど、帰らなければならないということもわかっていたため、抱き上げてくれたその存在の衣にひっしとしがみつく。
「……ロシュ、我は、彼女に“加護”をかけていくよ」
「!?」
「彼女に再び相見えた時、彼女が彼女とわかるために。我やロシュと相見える前に、死んでしまわないように。彼女を守るために、我の“加護”を彼女に与える」
「……!! ……、…………っ!」
必死に“思念”を飛ばすロシュに、それでも彼はふっと微笑んでロシュを見る。
その微笑みは清々しく、そして、なんの迷いもなかった。
ロシュが何かを言う前に、彼は行動を起こす。白紅麗に手を伸ばし、そして、その胸元に指先をつける。
「……この“加護”が、どれほど彼女を守るのか、そして……どれほど彼女を傷つけるのか、わからない。けれど、我はこの子にもう一度会いたい。だから――」
君には悪いけれど、とそう胸中で呟いて彼は白紅麗を淡い光で包み込む。
その光景は神秘的なものであり、そして、ロシュにとっては、申し訳ない気持ちでいっぱいになる光景だった。
しかし彼は、ロシュを抱き上げたまま、言葉をかける。
「我はむしろ感謝したいよ、ロシュ。彼女と出会わせてくれたんだ。ロシュのおかげだ。こんな気持ちを持ったのは初めてだ。“それ”がずっと自分の役目だと思っていたからね。けれど、それだけではないと気づかせてくれた。感謝しかないよ、ありがとう、ロシュ」
すっと、白紅麗の胸元から指先をひく。そして、再び白紅麗の体に掛布をかけて、そのまま音もなく立ち去っていく。
ロシュを抱き上げている彼は、ちらと後ろを振り向き、白紅麗を見る。そして、優しく呟いた。
「――おやすみ、我の姫。今夜だけでも、君の夢が素敵なものでありますように」
そう言って彼らは白み始めた空に向かって
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