第5話

白雪姫は、その小さな小さな手を目一体に伸ばして、白紅麗には向かって微笑んでくれたのだ。


 その初めての反応に、白紅麗は正直に意味がわからなくて困惑していた。けれど、白雪姫が自分に触れたことによってハッとして、慌てて身を引こうとしたのだが、しっかりと掴まれた衣を聞き剥がすことなどできなくて、白紅麗はただオロオロとするしかできなかった。


 そんな風に困惑している白紅麗を見て、白雪姫はやっぱり幼子特有の無垢な笑顔で白紅麗を見つめていた。



 ――初めて、他人に認められたような気分だった。



「……こんなにも鮮明に思い出されるものなのね」



 一人で歩き、部屋まで戻った白紅麗はしばらく自室でじっとしていた。


 おそらく、もう白雪姫も屋敷まで戻って来ているだろう。約束を守るために、早く妹の部屋に行かなければならないと分かっているのに、なかなか動き出すことができなくて白紅麗はため息をつく。


 と。



「白紅麗様? 入りますよ?」


「えっ、あ、ま、待って……っ」



 制止をかけたはずなのに、声をかけて来た人物は遠慮なく、すたん、と襖を開けて来た。



「……どうして、入って来たの……?」


「声が聞こえましたから。いないとわかっていたら、入っていませんよ」



 開け放たれたそこに立っていたのは、一人の青年。


 白雪姫と同じ漆黒の髪は短く切りそろえられている。瞳は少しだけ眦が下がっているため優しげな雰囲気で、色はその雰囲気と同じように優しい鳶色だった。


 彼の名をあきらという。


 彼は白紅麗付きの従者だ。璃は白紅麗を見て言葉を発する。



「白雪姫様が待ってますよ?」


「…知っているわ……」


「なら、早く行って差し上げないと」


「……それも、分かっているわ」


「……白紅麗様、」


「いいのよ、私は。けれど、あの子に迷惑をかけるわけにはいかないもの……」



 そう言って、白紅麗はうつむく。そんな白紅麗の様子を見て、璃は何かを会うために口を開こうとするけれど、そのまま言葉が消えて行く。


 目の前で、沈む主人である彼女に何を言えばいいのかわからなくなって、手をぎゅっと握り込む。


 璃は、白紅麗をただ見つめた。



「……そろそろ行かなくていけないわね。璃、白雪姫のところに先に行って、確認をして来てもらってもいいかしら?」


「はい、もちろんですよ。では、行って参りますね」


「ええ、よろしくね」



 白紅麗は璃を見送り、彼が戻ってくるのを待つ。


 待っている時間は、ただただ、緊張してしまう。もし、白雪姫のところに誰かがいたら、白紅麗は白雪姫の元へ行くことは叶わない。白雪姫は気にしないと言ってくれるが、周りはそうではないのだ。


 白紅麗を妖として扱っているのだ。そんな得体の知れない自分を、可愛くてたまらない白雪姫の場所に行かれるのはたまったものでは無いだろう。

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