第89話
すごいなと感動してしまう。
萩乃が彼を認めているのは、萩乃自身が彼のそういうところに気づいたからなのだろう。普段だったら異性と二人きりという状況には絶対にしないのに、彼に対してだけは違った。
それだけ、信頼を得やすい人なのだと思う。
白雪は、今はその彼に手を繋がれて引かれ歩いている。そう遠くない場所だと言っていたが、意外にも歩いているような気もするなと考えていると、突然、パッと目の前が開けた。
「わぁ……!」
広がったのは、ダーランたちと初めてあったときにいた花畑のような場所。あのとき、白雪は初めて草の感触を、花の感触を、木々のざわめきの音を、風が運んでくれる香りを堪能したのだ。
「ここは、私の一等気に入っている場所でね。君を連れてきたかったんだ」
「私を? なぜ……?」
「改めていうと、私は君を一眼見た時から君に惹かれている。君の気持ちが私に向いていないとわかっているが、私は、君を大切にしたい」
「!」
「三日間で私を知ることなどできないだろうということもわかっていた。けれど、それでも私は君と過ごしたかったから、少し無理やり連れてきた自覚もある。すまなかったね」
「そんな……行くと決めたのは私ですし……」
「無理やりその状況を作ってしまった自覚も、私はきちんと自覚しているよ」
そう言って、彼は白雪の手をさらにぎゅっと握りしめた。
「言わなければ、言葉は、思いは、届かない。それを身をもって知っている人から私は教えられたんだ。大切な人は、いつか知らないうちに手から溢れてしまうと。だから、言わせてくれ、聞いてくれ。私は、君に惹かれている」
「……」
「名前も名乗らない、怪しい人物とだと思われていても。君の名前を聞くことを頑なに拒んでいる変人だと思われていても。それでも、私は君に伝えたかったんだ」
「……その、あなたのお気持ちに答えはまだ、出せません」
「…そう、だろうね」
「ですが、ひとつだけ、我儘を申し上げてもよろしいですか?」
「わがまま?」
白雪の突然のその言葉に、彼は少しだけ驚いた。自分と同じ紅の瞳をもつ人間の少女を見つめる。
「私の名前を、きちんと呼んでください」
「え?」
「あなたがくださった名前も、もちろん嬉しいです、綺麗な響きで、とても好きです。ですが、私は私の名前をきちんと呼んでくれる方に、きちんと向き合いたい。偽りの名前を持ったまま、真摯な言葉をぶつけてきてくださる方の言葉に、このままでは答えられません」
白雪のその訴えに、彼の方が初めて目を見開いた。
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