第88話
あれよあれよという間に白雪は部屋の中に引き摺り込まれてしまい、逆に部屋の主人である朱音は部屋から閉め出されてしまった。
あとで彼女たちは朱音にひたすらに怒られる未来が待ち受けているのだが、今の彼女たちがそれを知ることができるはずもなく。
そんなふうに賑わって、そんなふうに笑い合って、時々恥ずかしかったり、慌てたり。萩乃が仲間に入るようにして朱音と意気投合し、二人でじりじりと白雪を着飾ろうしていたり。
楽しい、と心から思えるその一日を、白雪は噛みしめながら過ごし、そして、大切に己の思い出の箱の中にしまい込む。
誰にも取られないように、誰にも触れさせないように。大切に大切にしまい込んで、そしてそれを糧に頑張ってしまった。
だからこそ、あのようなことが起きてしまったのだ。
*
“鬼さん”との約束の最終日。
白雪は、この日は“鬼さん”と過ごそうと心に決めていた。結局あまり一緒にいる時間はなかったけれど、彼はそれでも嫌な顔などせず、白雪のしたいようにさせてくれたり、朱音や萩乃を優先して自分は少し離れたところから見守るということをしていた。
流石にこれでは返事のしようがないと白雪も痛感したため、彼との時間をあとほんの少しでもいいからとろうと考え、朱音の誘いを断り、萩乃にお願いして今日は彼と過ごしたいと伝えれば、わかりましたと優しく微笑んで見送ってくれた。
周りの優しさに助けられているのだと改めて思いながら、白雪は“鬼さん”とともに彼が行きたい場所があるというのでその場に一緒に赴くこととなった。
「結局、あまり一緒にはいられなかったね」
「も、申し訳ありません……」
ふふ、と笑いながら彼がそんなことを言ったので、白雪も反射的に謝罪の言葉を口にしてしまった。
それに対して彼は首を左右に振って否定する。
「六花が悪いわけではないからね。いいんだ。君が、すごく自然に笑ったり、慌てたり、君が君のままで過ごしてくれたことに少しほっとしているよ」
その言葉に、白雪は少しだけ考えて、そして疑問を投げた。
「私は……不自然でしたか?」
「気にするほどでもないんじゃないかな? わたしが少しだけ気になったというだけだから」
「そう…ですか……」
この人はよく人を見ているなと、内心で感心してしまう。
人の感情の機微に聡いのだろう。白雪と同じようでいて、まったく違う気遣いのできる人なのだと白雪自身が考える。
他人の顔色を伺い、殻に閉じこもってしまう白雪と、他人の顔色を見透かし、それをなくす、又は最大限に生かし心地の良い空間を作る彼。
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