第87話

当たり前の一般常識のように語る目の前の女に、大和は自分の感情を抑えられなくなりそうになる。しかし、そばには鸞がおり、今大和が鸞を庇うようなことを言えば、大和の目が届かないときに鸞に危害が加えられるかもしれないと考えると、何も言えなくなる。


 結局、大和は本当に鸞についてきただけであり、又は鸞へ意識を向けさせないためにその場に存在していただけでしかない。


 早く。


 そう、早くこの女をここから追い出さなければ。自らが望んでここに残ったとは言え、あまりにも行き過ぎであり、あまりにも同族を傷つけた。もうこの女のどこがよかったのかなどわからない。


 だからこそ。



(この異界に、白雪の気配があるうちに、早く……!)



 それが叶うのは、あともう少しだ。






「六花!」



 呼び掛けられて少しだけ反応に遅れながら、白雪は呼んでくれた人の方へと視線を向ける。そして同じように呼び掛けた。



「朱音様」


「…………」


「あの……無理でした、ごめんなさい」


「あなたって本当に正直ね。別にもういいけれど……」


「ご、ごめんなさい……」


「いいってば。それよりも、あなたにあたくしの着物を貸して差し上げるわ」


「…えっ」


「まあ、派手かもしれないけれど、気にしなくてもいいわ。似合うから」


「ま、待ってください、それは……!?」


「あら、あなたは“友人”の頼みを断るような薄情な方なのかしら?」



 その言い方は絶対にずるいと言いたがなにもいえない。内心で泣き言を言いながら白雪は朱音に手を引かれてそのまま彼女の部屋へと連れて行かれる。


 赤ばかりを基調とした部屋の中はそれでも整った内装で、壁際には朱音付きの女性たちがずらりと並んでいる。


 それを横目に見ながら、白雪は部屋の中に完全に入ると、その背後で珍しい両開きの扉がばたん、と絞められたことに気づく。あれ、と首を傾げようとしたとき、壁際に立っていた女性たちのその目が光ったような気がして背筋がゾッとし、思わず朱音に取られていない手で自身の腕をさすってしまった。


 が。



「よくぞ連れてきてくださいましたわ、姫!!」


「お手柄です!」


「さあ、すぐにでもお手入れしましょう! 着物を選んで、お化粧も施しましょうね!」


「あ、ああああああ、あのっ!?」


「では、お借りしますね、姫!」



 なんでっ!? と思ったが反論する余地などあるはずもなく、朱音でさえも彼女たちのその反応のポカンとしていたのだから珍しいことなのだということだけは理解できた。

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