第86話
そうしないと、揺らいでしまうから。
「……まだ、出会って一日しかたっていないね、私たちは」
「え?」
「それなのに、君を見ているだけで、私は君を助けたいと思う。君の心に触れたい。その心のうちに何を隠して、何を押し込めているのか知りたい。君の心に、触りたい。君自身にも――触れたい」
「!!」
「流石にしないけれど。君はまだ隠し事をしているし、私も君に隠し事をしている。お互いのそれがなくなったら、裸の言葉で語ろう」
そう言って、彼は立ち上がる。
「おやすみ、六花」
そう言って、優しく白雪の髪に触れ、そのままその場をさっていった。
残された白雪は、彼のその行動に心臓が痛いほど走り出していることを自覚する。頬が赤くなっている。自分の瞳と同じくらい、赤く、紅く。
その熱が引かないことに焦りを覚えながら、白雪はその日はなかなか眠ることができないのだった。
*
一人の時間というのはなかなかにつまらないと考える。話をする相手がいないというのは、暇なのだ。
どうやって時間を潰そうかと考えていると、いつもの時間に入ってくる使えない少女が、今日はなかなかにいい仕事をしてきた。
「大和!」
「っ!」
「会いに来てくれたの? 嬉しい!」
「……うん」
「ね。たくさんお話ししましょう! あたし、大和とたくさん話したいわ!」
「わかった……柚葉」
そう声をかけられれば、とても嬉しくて、はしゃいで。その腕に絡みつくように体を寄せる。
その瞬間、大和の胸中を占めた感情は“気持ち悪い”というものだった。初めて会ったとき、柚葉の主人である白雪を思いやるその姿に目を引かれた。優しい言葉もかけていたし、失敗して怒られてシュンとしている姿も見た。
怖がっていたとき、自分にすがってきてくれたこともあって、あの時はとても嬉しかった。自分が、ほんの少しでも思いを寄せ始めていた彼女に頼りにされたように感じたから。
守りたいと願ったはずだった。それなのに。
「大和、ほら、こんなにもお菓子を用意してもらったの!」
今、目の前にいるこの女は、一体誰なのだろうか。
「大和、この着物、どう? あたしに似合うかなぁ?」
そんなことはどうでもいい。それよりも聞きたいのは。
「――柚葉は、なぜ、鸞を傷つけたんだ?」
「え?」
「鸞に暴力を振っているだろう」
「ああ、そのこと? 暴力じゃなくて教育よ。召使っていうのは、常に主人のことを考え、先回りしなきゃいけないのよ? それができていないから、教育をしているだけ。何も悪いことはしていないわ」
そう言われて、大和は言葉を失った。部屋の片隅で、柚葉に言われた通りにお茶を入れている鸞に目を向ける。それでも、背中を向けている彼女の表情を窺うことはできない。
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