第85話

自分と同じ紅の瞳がじっと見つめてきているのを同じように見つめ返して、白雪はそれでも、信じられないものを見つめるように相手を見る。そんな白雪としばらく見つめあっていた彼がふと笑った。



「やはり、私は君にとって予想外のことを言っているかい?」


「……はい」


「どんなことを言われると思っていたのか、聞いても? と言っても、その反応は発言から考えればわかることなのだけれどね」


「……私は、私が生まれた場所にいてはいけないのだと、思っていましたし、皇様もここに残った方がいいと思われているようでしたから」


「皇?」


「はい。最初に私にここに来ることを許してくださった方です。その方が、私は“鬼姫”と同じ力を持っているからなのか、ここにいた方がいいと思われていたみたいで……」


「そう。でも、君はそれを断ったんだろう?」


「……ですが、私はそのときに置いて行ってはいけない子をここにおいていきました」


「それは、本当に君のせい?」


「私のせいなんだと、思います。私があんなことを言わなければ、あの子はここに残るとは言わなかったかもしれない。あの子の求めている私を演じることができていれば、私はあの子を助けられたかもしれないのに……私は……」


「話を聞く限り」



 少しだけ強い口調で、“鬼さん”が白雪の言葉を遮る。ハッとしたように、白雪は相手を見つめ、そして目を見開く。



「それは、君が悪いのではなく、相手が流されただけだ。意思がないのか、意思が弱かったのかわからないが、それでも、君のそばから離れることを決めたのは相手だろう? 君は、そんなことまで背負わないといけないのか?」



 真剣な表情で、真剣な声音で、そして、驚くほどの怒りをその瞳に宿らせて。彼は白雪をそう責めた。なぜ責められているのか、わからない白雪は困惑し、それでも、白雪の感情が彼の言葉に対して肯定できないのを感じている。


 自分のせいで、そう思い込むことで自分を守ってきた白雪にとって、自分のその感情を否定し、相手の悪いところを当たり前のように相手の責任にすることができない。


 紅の瞳が揺れる。言われていることの理解はできるし、彼の言っていることには間違いなどどこにもない。むしろ、白雪の思考がおかしいと自分でもわかっているのに。


 受け入れることができない、臆病で愚かな自分に、嫌気が刺す。



「……私は……」


「背負わなくてもいいことまで背負うのが、君の運命とでも?」


「それでも、私は……それを受け入れなければいけないのです……」



 こんな中途半端な力で、体の傷しか癒せない、心の痛みを取り除いてあげられない、役立たずの自分は、そうやって少しでも枷を重くつけなければ。

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