第80話

早く、なんとしてでも、白雪に柚葉を押し付けなければ。このままでは、本当に鸞が死んでしまう。


 そうかんがえる。だからこそ、大和はあの時の記憶を消し去っていたのだ。自分に都合のいいように解釈をしたその記憶だけを持っていた。


 後悔をするのはそれから三日後のこととなる――。







 ついたその日はダーランたちのところでお世話になった白雪たちは、次の日の午後までそこですごし、夕方ほどになってくると、“鬼さん”の提案で彼の屋敷に赴くこととなった。


 萩乃が遠いのではと危惧したがすぐに着くから大丈夫と言葉を返し、その笑顔のままなにもない空間に向かってその腕を上から下に振り下ろすと、そこには昨日見た空間の歪みが出現した。


 萩乃が瞬時に警戒したけれど“鬼さん”はニコニコと笑ったまま大丈夫大丈夫、と言葉を繰り返し、ガシッと萩乃の肩を掴んだ。



「………えっ」


「少し驚くかもしれないけれど、危険はなにもないから、安心して?」


「え、逆にこわ……って!? なにをする………ぎゃあーーーーっ!!」



 目の前で二人の会話をおろおろと聞いていた白雪は“鬼さん”の突然の行動にも驚いたけれど、次の行動の方が驚いた。“鬼さん”は萩乃を軽々と横抱きに抱き上げたかと思うとそのまま自分がつくた空間の歪みにポイッと投げ入れたのだ。


 萩乃のあの悲鳴も致し方ないのである。



「は、萩乃っ!?」


「大丈夫だよ。さて、では私たちの一緒に行こうか?」


「えっ!?」


「では、お世話になったね。“大狼”」


『……! お前……?』


「じゃあね」



 そう言って“鬼さん”は白雪を抱き上げたままその裂けた空間に身を投げ入れた。


 残されたダーランは少しだけ考え、そしてふす、とため息をついてから自分の守る者たちの場所へと戻って行ったのだった。


 抱き上げられた白雪は驚きでギュッと目を瞑ってしまったが、かけられた声に目を開けた。



「六花、ついたよ?」


「え……?」



 そっと目を開けて最初に見たのは、美しい少女。絢爛豪華な着物を身につけて、釣り上がったきつい目元で、じっとこちらを睨みつけるように見つけているように見える。



「…………綺麗」


「え」


「あっ」


「それ、あたくしのことかしら?」


「し、失礼しました! 見ず知らずの人間に いきなりこんなことをいわれてもきもちわるいですよね、すみません!!」


「ちょ、なにもそこまで自分を卑下しなくても……褒められたのが全部台無しなんだけど……」


「あ、いえ、決してあなた様の美しさが損なわれたとかそういうことではないのです! ただ、私などに褒められても何の意味もなさないというか、私は美しくもないですし、その……可愛いわけでもなく、女性としての魅力もないですし……」


「卑屈すぎてなにも言えないわ……」



 モゴモゴと言葉を濁したいのに濁し切れていない白雪の発言に、目の前の美少女が困惑している。と。

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