第78話

彼女の後ろ。その景色は自分たちがいた現世と変わらない美しい自然の景色が広がっているはずなのに。


 その一部分だけ、歪んでいるような気がするのだ。



「姫様」


「?」


「失礼、いたします!」


「!? 萩乃ッ!?」



 叫ぶのと同時に、萩乃が手を伸ばし白雪が動物を抱きしめている腕を掴んで己と白雪の立ち位置を一瞬で変えた。その瞬間、歪んでいた景色が割れそこから人の腕が伸びてくる。


 見たことのあるその光景に、白雪は目を見開き、萩乃も内心では驚いたが、それを表に出すことなく冷静にそれを見つめる。伸ばされているその腕は明らかに白雪に向かって伸びているのを見て、萩乃は一瞬にしてそれを“敵”と認識し、攻撃を加える。


 片足を振り上げ、振り上げた足と同じ腕を曲げ、足と肘とでその腕を上下に挟み込むようにして打撃を与える。


 萩乃のその行動に、その場にいる全員が驚きに目を見開き、ただその行動を見つめていることしかできなかった。


 痛みで怯んだその腕に、萩乃は体を少し離してから即ざに足を振り上げ、その場で回転しながら腕めがけて思い切り蹴りつけた。流石にそのあまりの連続的な攻撃に腕はひゅっと引っ込んで、歪な割れ目もなくなる。


 しんとした空間の中で、萩乃が吐き捨てるように呟いた。



「なんという無礼な輩なんでしょうね。わたしの姫様を狙うなど……即刻死刑するべきであるというのに逃してしまいました」



 いや、それよりも萩乃の行動力の方が驚きすぎてどう反応すればいいのかわからない、とその場にいる全員が叫びたい衝動に駆られているのを、自覚しているのかいないのか。


 萩乃と長い年月をそこそこ共に過ごしていた白雪でさえ、今回の萩乃の行動にはその紅の瞳を見開いている。


 それに気付いたのか、萩乃が白雪を見てにこりと微笑む。


 そして一言。



「その驚きに彩られているお顔も、とっても可愛いです、姫様!」



 全員が思った。萩乃こそが、変態と言われるに値する人間なのではないのかと。


 そう感じながらも、ハッとしたように白雪が萩乃のそばに駆け寄り、声をかける。



「萩乃…ッ、あなたに怪我は……!?」


「ありません。大丈夫です」


「本当に? 隠してないわよね?」


「隠す必要もないぐらい動き回ったと自覚しておりますが?」


「それは……そう、だけど……」


「でも、そんなにも心配してくださるのなら、全身、姫様にお見せします! 個室を借りますか? それともここで脱ぎましょうか? わたしはどちらでも構いませんが」


「かまって!! いい、しなくてもいいわ! 平気そうだものね!!」



 突然の萩乃の発言に白雪は慌てて首を左右に振った。なんということをいうの、と思ったが、それを発している萩乃自身が全くの本気というのが恐ろしいという事実である。

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