鬼の花嫁

第71話

「……いや、あの、俺も別に彼女と婚約もまして婚姻を結んだわけではないから、決定権は彼女の方にあるんだが……」

「そうなのか？　人とは難しいものだな。だが、面白い」

「……それは、よかった」

「では、少しの間、彼女を借りてもいいか？　私のことを知ってもらわなければ私は彼女からの返事を聞くことができない。この場で即座に断られて納得なんてできないしね」

　そんなことを言われても、と白雪が再び内心で呟いてしまう。

「というわけで、もう一度、“異界”にきてもらえないかな、六花」

「“六花”？」

　疑問に声を上げたのは萩乃だ。聞き慣れない名前で呼ばれた己の主人を振り向き、困惑の表情で説明を求めている。

　白雪は、萩乃に説明をした。

「名前を名乗ることができないから私も名乗らないでくれと。でも名前がないのは不便だから勝手に名付けをしてくれたの」

「それで六花ですか……」

「ええそう。だから、できればあなたも私のことは……」

「それならば、しばらくは六花様とお呼びします」

「……いや、あの、そもそも私のそばにつこうとしなくてもいいのですが……」

「姫様？　まだ、それを言い続けますか？　いい加減にしないと、物理的に食べますよ？」

「……えっと…………ごめんなさい」

「理解してもらえたようでよかったです。それで？　姫様は異界に行かれるのですか？」

「……そう、ね。きっと断っても何度も訪ねてくるだけだと思うから、行こうかなとは思っているわ…」

「では、わたしも行きますからね」

「えっ」

「勿論でしょう。わたしは、姫様のおそばを離れませんってば」

「でも……あの…」

　ふと蘇るのは、自分から突き放し、その異界に残ることを選択した柚葉のことだ。もしかしたら、萩乃も同じように、異界に残って、自分を一人にしてしまうのではないかという不安が過ぎる。

　怖い、そう、怖いのだ。

　発破をかけたのは確かだし、そうなるように望んでいたはずなのに、いざその選択をされた時、白雪は確実に己が傷ついた。

　そんな自分勝手な感情を、どう処理していいのかもわからなくて、ずっと悩んでしまっている。

　そんな白雪の様子を見て、なんとなく考えていることを理解したのか、萩乃が一言。

「わたしは、柚葉とは違いますから」

　そう、強く言葉にしてくれた。それだけで、何故か安心してしまう自分に、白雪は苦い表情をしながらも内心で喜んでいる自分に腹が立つのを感じつつ、それでも、一言。

「ありがとう」

　と。そういうので精一杯だった。

「では、二人を案内でいいかな。あなたはこちらには来れないだろう？」

「……流石に無理だ。興味はとてつもなくあるが」

「そうだろうね。では、数日間……そうだな…三日間だけ、彼女たちを借りるね、人の王」

「わかった……気をつけて、行ってこいよ。二人とも」

　帝の見送り受けて、白雪は萩乃と再び、異界の地に足を踏み入れることとなったのだった。