第68話

「少なくとも、わたしはいつどんな時でも、あなたの味方なんです。忘れないでください。わたしの存在を。わたしという味方がいることを」



  いつのまにか、両手を握り締められている。そこから伝わってくる温度は、とても暖かかった。





 昼食を終えて、白雪は一人、部屋の中で呆然としながらチクチクと刺繍を勧めていた。


 萩乃からの告白を聞き、困惑しているのもあり、刺繍はあまり進まない。



(……そういえば、異界に行った時も、話をする動物たちの長のダーラン様にも、そんなことを言われた)



 ――『俺を信じろ、白雪』



(どうして、あの方はそんなことを言ったのだろう……?)



 わからない。違う。わかりたくないんだ。


 白雪はそんな自分に嫌気が差す。


 こんなにも手を伸ばしてくれているのに、こんなにも気にしてくれているのに、味方でいてくれると言ってくれているのに。


 それを、素直に受け入れることができない自分が、嫌で嫌で仕方がない。


 両手で顔を覆ってみても、涙なんて出てきてくれなくて。それがまた、やるせなくて。



(私は……優しいのではなく、ただ、心がないだけなのよ……萩乃……)



 だから、涙も出てこない。優しい言葉も受け入れることができない。肯定を、否定してしまう。


 そんな自分がすごく嫌なのに、その認識を変えることができない自分が、何よりも嫌で嫌で、そして、大嫌いだ。



「……こんな私なんだから“鬼姫”と言われても仕方がないわ……ううん、それでは、鬼の方への侮辱ね。私は、人ですらないのかな……」



 やるせなくて、苦しくて、辛くて、心が痛くて。


 それでも、それが白雪に安心を与えているのも確かで。


 ため息をつき、手に持っている布を下に落とした時。



「――見つけた」


「え…?」


「迎えにきたよ。私の花嫁」


「……え?」



 どこからか聞こえてくる声に困惑し、顔を上げて辺りを見回してみるけtれど、誰の姿も認識できない。


 重たい腰を持ち上げて部屋の中を改めて一周見回してみるけれど、やはりわからなくて、移動しようとした時、突然、その人は目の前に現れた。



「きゃっ!!」


「おっと、意外と近くてびっくりしてしまった」


「あ、あなたは…誰ですか……っ!?」


「ん? 意外と警戒が強いな…。もう少し警戒心は薄れているように感じたのだが」



 こてんと傾げられた首からさらりと流れ落ちる漆黒の髪。肩よりも長いそれは、綺麗に結ってもするすると解けそうなほど美しく、そして艶があるのがわかる。

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