第67話

萩乃が何を言っているのかわからない。


 それが伝わったのか、萩乃が苦笑を漏らして言った。



「……わたしは、自分のことばかりを考えていたんです」


「…え?」


「どうして心を壊してしまったのか、わかりますか? わたしは、わたしに言われている言葉を受け止めきれなくて、わたしに向いている悪意や嫌悪に向き合うことができなくて、だからこそ、わたしはわたしを守るために、心を壊したんです」


「な……っ!?」


「だって、壊れて仕舞えば楽だったんですもの。他人の言葉を気にしなくて済む、憎悪や嫌悪の代わりに恐怖が向く。困惑も。でもそれら全ては仕方のないこと・・・・・・・なんですよ。だって。わたしが壊れているんですもの」


「萩乃……!」


「事実です。でも、そのおかげで楽にもなっていました。そう思われるのは仕方がない・・・・・当たり前・・・・のことなんだって思えば、痛みも麻痺していましたし」



 萩乃の口から語られる言葉に、白雪はどう反応すればいいのかわからなくなっていく。そんな白雪を見つめながら、萩乃はでも、と言葉を続けた。



「ここに来て、姫様つきの女房になって、思い知ったんです」



 首を傾げる。そんな白雪を、萩野は優しく見つめた。



「姫様は、何を言われても、どんさ視線を向けられても、何も言わなかった。それは、わたしと同じです。それなのに、あなたは逃げなかった」


「!」


「受けいれ、自覚し、そして他人さえも気を使った」


「それは、私は……!」


「当たり前のことなのだという刷り込みがあったかもしれません。それでも、特殊ん力を使い、他人の傷を癒し、自分が傷つくことを厭わない。なんて、強い人なんだろうって、思いました」



 語られる人物像が、自分とはかけ離れている。萩乃の語るその人は、白雪ではない人のことだと、白雪は思ってしまう。それほど、どうすればいいのかわからない。


 困惑して、混乱して。


 それでも、否定の言葉を吐き出せないのは、これ以上、萩乃の言葉を否定したくないからで……。


 結局、どっちつかずの態度しか取れない。だからこそ、白雪は今までふわふわと生きてこられたのだろう。他人の言葉に身を任せれば楽だと知っていたから。だから、萩乃の言う白雪は偽物なのだ。



「私は……強い人間ではないわ、萩乃……」


「知っていますよ」


「なら、どうしてそんなことを言うの? それは強い人へ向ける言葉だわ。私は……とても弱い」


「それならそれでいいじゃないですか」


「?」


「強くあろうとしなくても、弱いと自覚している姫様は、きっと誰よりも強いんです。だから、……だから、ご自分を責めないで……白雪様」


「!」



 萩乃が、そう言葉を紡ぐ。

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