第66話
俯いてしまった白雪を見つめて、萩乃は少しだけ考え、そして言葉を続けた。
「わたしの壊れてしまっった心を癒してくれたのが、誰だか知っていますか。姫様?」
「……それは、私ではないわ。私じゃないの、私は、そんなことができる人間じゃない。他人を不幸にするしかできなくて、人の痛みを引き受けることしかできなくて…それなのに、その人の心の痛みを引き受けることもできない、中途半端な人間なのよ…!」
「まあ、それは、わたしと姫様とではだいぶ認識が違うみたいですわね。だって、事実わたしは姫様に助けられたんですもの」
「嘘!」
「ここで嘘つく必要がどこにあるんですか。事実です。わたしは、姫様に助けてもらった。救ってもらった。心を、何よりも大切な、わたしの心を、姫様は癒してくれたんです」
「そんなはずない。私は、私は、そんな優しい人間なんかじゃ…ない……!」
俯いたまま首を左右に振って、萩乃の言葉を拒絶するその姿は、頑なに何かを認めないようにしている。それをしてしまうのが怖いのだろうと、萩乃は予想するけれど、こんなにも優しい人に、自分自身を貶めて欲しくないし、苦しんで欲しくもない。聞きたくないと言われても、勝手に言葉を紡ぐ。たとえそれで、萩乃が嫌われたとしても、知っていて欲しい。理解して欲しい。
――あなたは、誰よりも優しい人なのだと。
うつむけている少女の頬が涙に濡れているのなら、萩乃はそれを拭うために手を伸ばす。頬を伝うそれを拭いとるために。
優しく微笑むその表情を得るために。何度拒絶されようとも、何度も手を伸ばしたい。
「姫様」
「やめて、お願い…お願いだから……私に、優しい言葉をかけないで……」
壊れてしまう。今まで抑え込んできたものが。壊れてしまう。
「あなたがたとえ、わたしのことを嫌ったとしても、わたしがたとえあなたに捨てられるのだとしても……。わたしは、あなたを優しいと言い続けますよ。姫様」
「萩乃……どうして……」
「言ったでしょう。わたしは、姫様に心を癒されたのです」
「私は! 何も、何も…していない……!」
「そうですねぇ、姫様は何もしなかったですよ」
萩乃のその言葉に、白雪は一瞬何を言われたのか分からなくて混乱し、理解し、うつむけていた頭を思い切りあげた。
思っていたよりも近くに萩乃がおり、驚いてしまったが、それよりも萩乃の言葉の続きの方が気になる。
「姫様は、何にもしてないです」
「じゃあ、どうして……」
「何もしなかった姫様のその態度こそが、私を救ってくれたんですよ」
萩乃の言葉に、白雪はその紅の瞳を丸くする。
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