第65話



 混乱から一夜明け、白雪は体を起こす。昨日は萩乃のあまりの暴露話にどうすればいいのかわからない上に、頭が途中で考えることを放棄してしまったため、結局ぐだぐだのまま解散となってしまったのだ。


 そして、次の日の今日。



「姫様、おはようございます」


「………おはよう、ございます……萩乃………様」


「…姫様……」


「む、むり、無理です。本当に無理です。お願いですから、私のそばになんていないでください。お戻りになった方が絶対に……!!」


「あら、姫様はわたしを縛り付けてくれるのでしょう? いいんですよ、代わりにわたしも姫様を縛りますけど」


「わ、わたしのそばにいても何も、徳もありません! 本当に、ただ損をするだけです!!」


「そんなことはありませんけど。それに、言いましたよね?」


「え……」


「わたしは、姫様のおそばを離れないって」


「…………」



 萩乃の言葉に、白雪は何も言えなくなってしまう。そんな白雪を見て、萩乃は少しだけ苦笑を漏らし、そして突然に語り始めた。



「……宮殿には、いい思い出がないのです。わたしは、前の帝が遊び半分で手を出した女房が身篭った子供でしたから」


「…え……?」


「よくある話でしょう? 母は身分の低い女、そんな子供がどう扱われるかなんて分かりきったことです。幼い頃は、それが苦痛で苦痛で仕方がなかった」



 語られる過去に、白雪は何も言えなくなる。



「それでも、あの兄が、なぜかわたしを気に留めてくれて。それからは、多少息がしやすくはなったのですが、今度は、わたしと兄の仲の良さに嫉妬した側室の方とか、その子供たちからありとあらゆる嫌がらせを受けました。そのうちに、わたしは一度壊れてしまったんですよ」


「!?」


「それに気づいてくれたのも、やっぱりわたしを気にしてくれている兄で。わたしの心が修復されるのをずっと待って、自分でもためして。それでも、やっぱり壊れた心はそのままでした。ここにいては、わたしがこのまま死んでしまうと思ったんだと思います。兄が、わたしを突然、手放したんです」



 そう言って語る萩乃の目には、優しい光だけがともされていて、兄である帝に対する嫌悪や憎悪は全く見受けられない。


 守ってくれたということを、彼女自身が分かっているからだろう。


 そうやって、彼は、萩乃という大切な妹を救い出して、ここにおいたのかもしれない。父も、それを受け入れたということだろう。


 それでも。



「私のそばにいたら、何も変わらないわ」



 白雪は、俯いたままそう言葉をこぼした。

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