第64話

しかし、睨みつけられた本人は笑いながら言葉を切り返す。



「あれはお前が悪い。あんな無理矢理連れてくるなんて、何かあったらどうするつもりだったんだ?」


「……大丈夫だと思っていたから、無理矢理連れてきたんですよ。というか、すでに“許可”されていると思っていましたし」


「そんな軽はずみなことをするわけがないだろう。それとも、お前にはそんな軽はずみなことをする兄に見えたのかい?」


「………も、申し訳ありませんでした」



 ものすごい笑顔にたじたじになり、朱音は思わず謝罪の言葉を口にした。


 そんな朱音にうんうんと頷き、その頭にぽん、と大きな手を載せる。



「聞き分けがいい子で助かるなー、私の妹は」


「……お兄様、怖いです」


「そんなことないさ。これ以上ないほど優しいだろう?」


「どの口でおっしゃっているんですか、全く……」


「あ、ひどいなあぁー。それよりも、朱音は皇のことをどうするつもりなんだい?」


「どうもこうも、もう結構どうでもいい領域に達しております」


「おや?」


「人に好かれたいと願うあまり、愚かなことをしている自覚すらない男など、こちらから願い下げですわ。あたくし、そういうのは許せませんので」


「そう……。それで、現世からここにとどまった子は? どんな感じなんだい?」


「……最悪、としか言えません。あたくしたち一族の者をまるでものか奴隷のように扱って。許せませんわね」


「…………朱音? それはお前も変わらないだろう?」


「否定は致しませんが、立場が違うでしょう。お家からとは言え、あたくしのほうはそれに見合った給金はきちんと支払っておりますし、それに、あたくしの周りにいる子たちはちゃんとあたくしを理解している子たちです。問題などございませんわ」


「お前を理解している子たちがすごいと思うけれどね?」


「何か、おっしゃいまして? お兄様?」



 にこっ、と笑顔を向けられて、兄は「あ、やば」と思い、同じように笑顔で「なんでもないよ?」と誤魔化しておいた。


 そう言いながら、二人で家の中の大広間まで来ると、兄が上座に、妹である朱音が下座に座る。



「さて。とはいうものの、どうやって彼女に会いに行こうかな?」


「本気行かれるおつもりなのですか? 危険ではありませんこと?」


「うーん。でも、あの・・ダーランが許したぐらいだからその子には危険はないと思うんだよね。あとは周りの人間かぁ」


「あまり無理はなさらなおでくださいませね」


「おや、心配してくれているのかい?」


「ええ、“鬼姫”と言われる彼女を」


「酷いなぁー」



 そう軽口を叩きながらも、朱音は、兄の頭の中ではどうやって“鬼姫”の人間のもとに赴くのかを考えていることがわかっているため、ため息をついて兄とただ無駄口を叩いていた。

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