第63話

ふと。


 本当に、なぜなのかわからないけれど、あの紅の瞳を持つ、“鬼姫”と言われていた少女の横顔が思い出される。


 胸が締め付けられて、苦しくなって、それでも、その横顔を思うだけで、なぜかホッとしている自分がいることに自覚する。


 わからない感情が胸中に渦巻いて、どう表現したらいいのかわからない。


 深くため息をついていると、かたんと音がし、驚いてそちらを振り向けばそこには朱音が立っていた。



「……朱音、お前……」


「まあ、こうなるとはなんとなく思っていたわ」


「な……っ?」


「あなたは女を理解していないのね、皇」


「柚葉はっ、ここにくる前は貴族の姫に仕える使用人で!」


「だからこそでしょう?」


「なに…?」


「その姫様が誰なのかは知らないけれど、仕える立場から仕えられる立場に立てば、感覚が狂うのなんて簡単よ。だって、わがままを言えばいいだけなんだもの。そうすれば、周りに侍る人が自分のためになんでもやってくれる。それを続けても、止める人がなければ、肥大化し、まるで自分がこの世で一番偉いと思い込む……ほぅら、傲慢な“人間”の出来上がりよ?」


「お前……っ、わかっていなのなら、なんで…!!」


「どうしてあたくしが皇の客人のために、諫める言葉をかけなければならないのよ。嫌だわ、勘違いも甚だしい」



 朱音の言葉に、皇は何も言えなくなる。


 朱音は、何も間違ったことは言っていない。彼女は彼女で、こちらに干渉する義理も義務もないし、そもそも、そう言ったことを嫌がったのは皇のほうだ。



「後悔してもそういと、忠告はしましたわよ、あたくしは」



 そう言って、くすくすと笑いながら朱音はその場を後にした。


 その場に残された皇は、悔しさに拳を強く強く握りしめ、その背中を睨みつける。


 その紅の瞳に浮かんでいるのは、間違いなく、憎悪だった。





 朱音は、己の屋敷に戻り、深く大きくため息をこぼした。



「朱音? お帰り」


「! びっくりした、お兄様……」


「どうだった? 皇の様子は」


「どうも何も、なんだかどんどんひどくなっている気がしますわ」


「そう……そろそろ動き始めた方がいいかな…」


「え、お兄様まで動いてしまわれるのですか? あたくしは反対です」


「まあ、動くと言っても、現世の“鬼姫”にちょっと挨拶に行こうかなってぐらいだけどね?」


「お兄様まで……まあ、あの子なら許しますが」


「おや、どんな心境の変化だい?」


「……こっぴどく怒ったくせに、白々しいですわね」



 朱音はむぅ、と膨れながら兄と呼びかけた人を睨みつけた。

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