第57話

「やあ、ニノ姫の女房さん。勝手にお邪魔しているよ」


「勝手にいると自覚しているのなら、即座に退室を願います」


「いやいや。ニノ姫からの許可は得ているよ。退室を促されるいわれはない」


「…………姫様」


「は、萩乃、違うの! あの、か、勝手に入ってこられて、気づいたらそのままずるずると……!」


「勝手に入ってきた!?」


「あ…………」


「そこの男っ!!」


「ニノ姫…少しは嘘を覚えてくれると助かるんだが……」


「で、でも、私のせいでは……!」


「まあ、確かに勝手に入ってきたのは事実だけれども」


「ほらっ、早く出て行きなさい! なんなら引きずり出して差し上げます!」


「乱暴だなぁー」



 そんな二人の掛け合いを見て、白雪はオロオロとして、止めればいいのか、それともこのまま見守っていればいいのか分からなくなる。そんな中でも、二人はギャイギャイと言い合っているのを聞いているうちに、なんだか、白雪も楽しくなる。



「ふ…ふふ…っ」



 そう小さく笑いを漏らせば、言い合いをしていた二人が耳ざとくそれを拾い上げ、そして白雪を見た。


 白雪は口元を片手で軽く押さえながら、クスクスと笑っている。


 そんな白雪を見て、二人も少しだけ熱が覚めたのか、お互いに顔を見合わせて、そして同時にため息をついた。


 そして、小さくでも笑っている白雪に安心していると、その笑い声が、次第に違うものに変わっていく。



「…姫様?」


「ニノ姫?」



 口元を抑える手が震える。


 笑い声が出せなくなる。喉がひくついて、体も震えてくる。



「………ふ…っ」



 こんなふうに、笑う資格があるのだろうか。他人を傷つけるしかできないくせに、他人の痛みを引き受けることしかできないのに。それも、外傷だけ。心の痛みを癒せるわけでもない。ただ、体の痛みを取り除いてあげることしかできないのに。


 私はーー。



「私は……ここにいてもいいの…? 萩乃……!」



 不安になる。どうしようもなく、不安になる。怖い。他人の視線が、他人の声が。それらが自分に向いていると自覚しているときはまだいい。けれど、それがもし、自分以外に向いてしまったら。


 白雪は、相手を助けることができない。


 ただただ、息苦しく、心苦しい思いをさせるだけしかできない。


 こんな“力”持っていても、なんの役にも立たないのに。



「姫様」



 萩乃の声が、ゆっくりと耳に浸透してくる。濡れた瞳でみあげ、視線を合わせる。優しい笑顔が広がり、それがさらに胸を苦しくさせている。


 視線を逸らしたい衝動に駆られながらも、白雪は萩乃を見つめ返していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る