第54話

「萩乃……?」


「姫様、おやすみになってください。少しでいいのです」


「でも、私は……」


「そのお気持ちを完全に理解することができなくて申し訳ないと思います。心に傷がついていることも理解はしているつもりです。それでも、わたしは姫様が倒れてしまうほうが心配でならないのです」



 萩乃の言葉に、白雪は何も言えなくなる。


 心配をかけている自覚もあったし、すごく自分勝手なことをしている自覚もあった。


 けれど、こんなにも“白雪”という存在を気にかけてくれているとは想像もしていなかった。この紅い瞳があるから、人は離れていく。


 ずっとそばにいてくれた柚葉さえも、離れていった。


 だから。


 こんなふうに、一人の“人”として心配してもらえるとは本当に思っていなかった。



「……萩乃は……」


「?」


「萩乃は、本当に、ずっと、私の側に…いて、くれるの……?」


「!」



 不安そうな声。すがるような紅の瞳。


 まるで、迷子の子供のように、助けを求める目の前の小さな小さな少女。


 萩乃は白雪の両手を握った。



「あなたの行くところ、どこまでも、わたしはついて行きますよ、白雪様」



 優しく微笑んで、萩乃がそう答える。



「私、本当にあなたを縛ってしまうわよ……?」


「まあ。ではわたしも、姫様をわたしに縛り付けてしまいましょう」


「……本当に……いいの…?」


「勿論です。わたしは、姫様付きの女房なんですから」



 そう言った時、白雪の紅の瞳から涙がこぼれた。



「……あり、がとう……萩乃……」



 それが、今の白雪に伝えられる精いっぱいの言葉だった。





 “異界”での生活は、特に不便を感じない。それは、一重に皇や大和が何かしらの気遣いをしてくれているからだろう。不便どころか快適とも言えてしまう。


 “異界“にきてからの柚葉の生活は、一変していた。


 今まで“白雪”という現世の貴族に仕える一人の人間だったが、ここでは違う。“皇の客人”という後ろ盾があり、もてなされ方は最上級ともいえるほどだ。


 今まで人に仕えることが当たり前だった柚葉にとって、逆の、他人に仕えられるというのは経験のないことであり、そして、それは柚葉という一人の少女の謙虚な心を食い尽くすのは容易なことでもあった。



「……お腹が空いた」



 そう一言言えば、すぐに食事が運ばれてくる。


 体が凝っていると言えば、すぐにでも手を差し伸べて体を解される。


 髪の毛が、手が乾燥して、足が痛い、体調があまり良くないような気がする。


 ーー言えば、それは全て柚葉を考え、気遣い、柚葉中心に物事が動いていく。

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