第52話
「帝はどうも、あの子を気に入っているようですね」
「まあ、な。一応求婚中だし?」
「ああ、聞きましたよ。うちの娘に不埒なことをしようとしたらしいですね?」
「おま……、俺の父が誰なのかわかってて言うのか? あれでも抑えたんだぞ?」
「この“天ツ国”でそれが通用すると思っているのですか?」
恐ろしく笑顔で語りかけてくる男に、帝はうぐっと言葉を封じられる。しかし彼としては本当に抑えた方なので、むしろ褒めて欲しいぐらいだったのだが、どうやらこの男には通用しないらしいと今更に実感する。
帝は大きくため息をつき、頭を抱えながら一応謝罪の言葉を口にした。
そんな帝を見つめ、謝罪の言葉を無視し、男は言葉を放つ。
「ま、そんなことよりも問題は女房が一人向こうに残ってしまったと言うことですけどね」
「……お前は俺を軽んじすぎじゃないか?」
「ははは、そんなことはありませんよ、帝」
「うさんくさい……」
「それはとりあえず横に置いておきましょうか、帝。さしたる問題ではありませんし」
おい、と思ったけれど、ここで何かを言ってもどうしようもないということもわかっているため、口を閉ざすと外が少し騒がしくなる。
何だ、と思っていると、会話が聞こえてきた。
「鬼姫、帰ってきたそうよ」
「えっ、本当なの!?」
「萩乃がばたばたと動き回っているのがその証拠よ! あーあ、なんで帰ってくるのよ」
「またビクビクしながら過ごさないといけないの!?」
「たった数刻いなかっただけじゃない、大袈裟な…」
「でも、いるいないは、気持ちがだいぶ違うでしょう!?」
「まあ、言いたいことはわかるけれども……」
「あーあ、本当。早くどっか行ってくれないかなー……」
そんな女房たちの会話を聞きながら、帝は少しだけ眉をしかめる。ちらと父親である男の方を盗み見して驚いた。
その表情は間違いなく無表情だった。無表情だったのに、怒りが滲み出ていたのだ。
帝は少しだけ納得する。
(大切な娘、というのはあながち嘘ではないということか……)
ならば、本当にきちんと手回ししなければ。この男はきっととても危険だ。とても危なく、危うい。何か少しでも今の均衡が崩れれば、何をするかわかったものではない。
けれど。
(だからこそ、あのニノ姫はきちんと育ったということか。姉姫のことはよくわからんが)
この男なりに、きちんと愛情を注いでいたのだろう。それが本人に届いているかは別として、それでも、今までの彼女の“特別な力”の使わせ方を思えば、十分にたどり着けることではあるかと思い至る。
(親子共々、不器用なんだな)
帝はそんなことを思った。
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