第51話

「だって、姫様はわたしのわがままを叶えてくれている。本来ならわたしの意思など聞かずに、嫌なら有無を言わさずに遠ざければいいだけの話なんですもの」


「……私は、私の言葉で人を左右できるとは思っていないけれど……それでも、“左京院”の力はとても強いから…」


「……姫様。もっと欲張ってください。もっとわがままを言ってもいいんです。臣下であるわたしが偉そうなことを言ってはいけませんが、それでも、わたしができることは全てあなたのためにして差し上げたいのです」


「萩乃……」


「その優しさはとても大切な者です。手放さないで欲しいと、そう願います。それでも……、少しでいい。非情になることも、忘れないでください」



 萩乃の言葉に、白雪は再び何も言えなくなる。非情になれればいい。けれど、それができない。だかこそ、白雪は苦しんでいる。


 相手を完全に受け入れることはとても難しい。けれど、それでも歩み寄りたいとも思っている。矛盾した自分がいるのも知っている。


 何が正解で何が間違っているのか。わからないのは、白雪自身が曖昧な態度を続けているからなのだろうか。



「姫様」



 萩乃の呼びかけにハッとする。



「“優しさ”と“甘さ”は違います。柚葉を思うことはいいことですが、それであなたが身動きが取れなくなるのはお門違いです。あなたは、あなたのために生きなければ」



 白雪は何も言わなかった。言えなかった。萩乃の言葉がよくわからない。


 求められたときに応えるのは当たり前で、他人の痛みを受けとるのも当たり前で。そうして出来上がった“白雪”を、他人がもとめ、またそれに応えるーーその因果を断ち切ることが、目下萩乃の目標になったのはこの瞬間からだった。



(そのためにも、わたしは、この人を守らなければ……ーー)



 その決意を胸に、萩乃は白雪を見つめる。



(守る。悪意から、人から、この人の心を。絶対に……!)



 萩乃はそう心に決めたのだった。






 白雪が異界に行っていたのはほんの数刻のこととはいえ、突然いなくなってしまったことにより、危機感という刺激を受けた者が少なからず存在していた。


 今回は戻ってきたからいいものの、もしかしたら“あちら”へ住み着いてしまう可能性もあった。そうなってしまっては、手の出しようがなかったため、白雪が戻ってきてくれて本当に良かったと安堵する。



「もういっそ、準備が整う前に迎えた方が安全なんじゃないか?」


「いやですよ。私はこれでも娘思いなんです」


「……いや、どの口で言うんだ、貴様は」



 はあ、とため息を大きくつく。目の前には、にっこりと笑っている男。

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