第49話

後に残った三人は、白雪の残した言葉に疑問を持つことしかできなかった。


 ーーもし、この場に。ダーランがいたとしたら。きっと皇たちを非難していただろう。動物だからこそわかる人の心の機微に、敏感に反応したからだ。


 けれど、実際のその場にダーランはおらず、白雪のことを気にかける存在はいなかった。


 だからこそ、後々に後悔することになった。



 けれど、それを知る者は誰もいないのだーー。





 左京院の屋敷の自分の部屋に立った白雪は痛む胸をなんとか誤魔化していたが、限界がきてしまい、そのままその場に崩れるように座り込む、はらはらと涙を流した。


 萩乃を思う。このまま一緒にいてもらっては、やっぱり迷惑をかけてしまう。辛い思いを、苦しい思いを、抱かなくてもいいそれら負の感情を押し付けることになるのは、白雪の本意ではない。


 早く。



(早く、遠ざけなければ。萩乃が、柚葉のようになる前に、早く……!)



 そう思っていた時。



「姫さま……? もしかして、姫様ですか?」


「は、ぎの……?」



 襖の向こうで、よく聞く声が白雪の存在を確かめるように伺ってくる。



「……ッ、後で、お叱りはしっかりと受けます。ーー失礼します!!」



 萩乃が白雪の許可を得る前に襖を開き、室内に入ってきた。白雪はそんな萩乃をただ見つめることしかできなくて。


 萩乃は涙を流す白雪を見、目を見開き、辺りを見回す。


 白雪に視線を戻し、目元を和らげてから萩乃はゆっくりと言葉を紡いだ。



「今まで、どちらにいらっしゃったのですか?」


「……異界、と言われるところに……鬼の人と…」


「体に、お怪我はありませんか?」


「ない、ないわ……。大丈夫」


「そうですか。……ならば、もうわたしからは何も聞きません」


「……萩乃、私は……」


「姫様はそれが最善だと思った。だから、今の結果があるのです。それに、あなたは押し付けようなことはしない。最後の選択をしたのは向こうです。あなたがこれほどまでに心を痛める必要はどこにもないのですよ」



 萩乃の言い聞かせるような言葉に、白雪はグッと息を飲み込む。



「……あなたの優しさは、あなたの誠意は、相手を思いすぎです。姫様」



 ふと、優しく笑い、萩乃は白雪を抱きしめた。


 その暖かな腕の中で、白雪は涙を流し続け、萩乃はそんな白雪が落ち着くのを待つ。


 萩乃は部屋に勝手に入ったことをどう言い訳しようかと、白雪を抱きしめながら考えて、しかし、言い訳をする必要などどこにもないと開き直り、そのまま白雪が落ち着くまで待つことにした。

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