第36話

それでも、朱音の目には皇しか映っていないのか、ただただ皇を見つめている。



「朱音」


「何かしら?」


「もう一度言う。彼女を返せ」


「……」



 皇の言葉に朱音は黙る。そして、とてもつまらなさそうに視線を外した。



「皇は、あたくしを愛して」


「は? 何を言っている」


「いいから。無条件で、ただあたくしだけを愛して。それを証明してくれたらあなたの望みを聞いてあげてもいいわよ?」


「何馬鹿なことを言っているんだ。できるわけないだろう」



 苛立ちに、今にも目の前の女を殴りそうになるのをなんとか留めて、皇は言葉にする。



「この先、何がどう転んだとしても、お前に好意を持つことはない」



 皇のはっきりとした言葉に、柚葉が驚く。こうまではっきりと迷惑だと言われているのに、朱音にはまるで気にした様子がない。


 それどころかどこか楽しそうですらある。



「なら、残念だわ。あなたの望みは叶わないわね?」



 朱音の言葉と態度に、皇の視線に殺意がこもり始める。



「頭領……」


「皇様……」



 大和と柚葉の声にはっとしたように、皇が少し冷静になる。


 その時になって、ようやく朱音が柚葉の存在を認めた。



「……あら…何処と無く空気が臭いと思ったら、ただの人間ではないの」


「!」


「どこから迷い込んできたのかしら。穢らわしい」



 あまりのいわれように、柚葉は反応すらもできなくて、ただぽかんとしてしまった。



「朱音ッ! お前、いい加減にしろよ!?」


「それはこちらの言葉だわ」


「はぁっ!?」



 朱音の反論に、皇の感情が追いつかなくなる。



「あなたこそ、いつまでただの人間に希望を持っているの? 彼らはあたくしたちの敵。そうでしょう?」


「いつまでもそんなことを言って、人に攻撃を繰り返しているから、確執は無くならないんだ。そこまで言うのなら、何故人に干渉する」


「憎いからよ。この世からいなくなればいい」


「それは、人もきっと同じとを思っているだろうな」



 互いに睨み合って、その場の空気が重たいものに変わっていく。


 息がしづらい中、大和と柚葉が苦し思いをしていた時、その仔が現れた。



『あのー?』



 その場にいた全員がその声に反応して視線を向ける。視線の先には一匹の狐。


 柚葉は目を見開いてその狐を凝視し、皇はピクリと反応する。大和も皇の反応に反応して、朱音は使いできた狐を強く睨みつけている。


 バラバラの反応に戸惑いながらも、狐は皇だけを見つめて声をかけた。

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