第32話
「そう何度も言ってもらうほどのことはしていない。だが、こんなに感謝されるのも悪い気はしないもんだな」
そう言って、皇は大和に視線を向け、大和もこくりと頷き、立ち上がった。
壁側にいた同族の首根っこを掴んでズルズルと引きずる。その光景を見て、何とも言えない気持ちになりながら、白雪も柚葉も黙って見ているしかできなかった。
皇は来た時と同じように“異界”への扉を開き、帰る準備をしている。
だから、気づかなかった。
「――……え?」
後ろから伸びてきた手。腕。それが己のすぐ近くにあれば、当たり前だがそれを理解するのに時間はかかる。そして。
その腕が、己の体を――白雪を絡め取ったのだ。
それに一番最初に気づいたのは柚葉。
「姫様ッ!?」
柚葉の悲鳴のような声に反応して、皇が、大和が、はっとしたように白雪に視線を向ける。真紅の瞳を見開いて固まっている白雪を見て、二人が驚きに目を見開いて反応が遅れる。
白雪はその体に絡まった腕によって“異界”へと続く空間に引きずりこまれていった。
「白雪ッ!!」
手を伸ばしたけれど、わずかに届かず、白雪はそのまま空間へと消えていく。
「ッ、許可するッ!!」
完全に閉じきってしまう前に、皇はそう叫ぶしかできなかった。
その場に残された三人は、言葉を発することができない。そんな中で皇が動き、大和が首根っこを掴んでいる鬼に近づいた。
「――朱音だろう?」
確かめると言うよりも、決定していることとして相手にそう言葉をぶつける。
「今のところ、他に思い当たらないしな。……とにかく、お前たちのことは後で十分に罰を与えるから覚悟しておけ」
「!? それはしないと、約束が……ッ!」
「それは、お前達と朱音との間でだろう? そもそも、朱音と約束をしたからなんだと言うんだ? それは、俺には全く関係ないだろう」
そう言って、皇は先ほど作った“異界”への扉とは別の扉を作り、大和から奪うように男二人をひっつかんだかと思うと、そのままその空間に放り投げた。何も言わずにその空間を閉じ、皇は大和を見、そして柚葉を見た。
「……巻き込んで、すまないな。彼女は必ずこちらに連れ戻すから、待っていてくれないか?」
皇の言葉に柚葉ははっとしたように反応して、首を左右に振る。そして声をあげた。
「あたしも行くわ!」
その言葉に、皇はやはりと言う表情をし、大和は少し困った表情をした。
「だが、今から行くのは“異界”だ。こことは違うあり方の場所なんだぞ?」
「でも、そんなところに姫様は連れていかれたのでしょう? なら、一人くらい親しい人間を連れていったほうがいいんじゃないの?」
「……確かに、そうだが……」
「行くわ。姫様の所に。お願い、連れて行って」
柚葉の表情を見て、言葉を聞いて、皇は少しだけ息を吐いて頷いた。
「……わかった。ただし、約束してくれ。オレか、もしくは大和のそばを絶対に離れないでくれ。これだけは、必ず守れ。いいか?」
「分かったわ。一人で行動しない。突っ走らない。あなた達のどちらかのそばに絶対にいる」
「……よし、じゃあ行こうか。“柚葉”、大和」
そう言って、皇は二人を連れて“異界”へと戻って行った。
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