第16話
「ええ、お願い。……よろしくね」
「かしこまりました」
萩乃は白雪の背中と膝裏に手を差し込み、そのまま持ち上げる。
普通の女性ならば明らかに無理なその持ち上げ方を見ても、緋雪も柚葉も特に驚くことなく普通に受け入れる。
「では、失礼しますね。緋雪様」
萩乃はにこりと笑顔では雪にそう言って歩き出す。柚葉も軽く頭を下げて萩乃の後ろについていった。
「――そういうわけだから、あなたは部屋の中に戻っていなさい」
くるりと襖の方を見て、緋雪はそう言った。そこには先程白雪を“鬼姫”と侮辱した男が立っている。
「……女性だけでは危ないでしょう。やはり」
「必要ないわ。萩乃が白雪を落とすこともないでしょう。さっさと元のところに戻りなさい」
そう言い捨てて、緋雪も背を向けてその場から去った。
そんな緋雪の背を見送りながら、男は深く息を吐き出し、部屋の中へと戻る。部屋に入ると緋雪と白雪の父親が男に気づき、にこりと笑って問いかけてきた。
「どうでしたか、我が二人の娘は?」
ふふ、と笑みをこぼしながら彼は男を見る。
男は綺麗に結っていた髪をくしゃくしゃと解きながら質問に答えた。
「お前のいう通り、妹姫の方が好みだな」
「あなたでしたらそうでしょうね」
「しかし、突然だな。今までのらりくらりと躱し、決して会わせようとしなかったくせに、なんの心境の変化があって?」
「先日の騒ぎを覚えていますか?」
「ああ、“鬼”が“こちら”に来たと、皆がうるさかったからな」
「ええ。その時に、どうやら接触してしまったようで。彼ら“鬼”の方に露見するのも時間の問題でしょう」
「それで?」
「“鬼”どもに奪われてしまうぐらいならば、貴方にかこってもらおうと思いまして」
「……お前、親として最低だな?」
「なんとでも」
ふっと会話が途切れて静寂が落ちる。お互いに見つめるように睨み合い、しばらくその攻防が続いていたが、男の方が観念したように両手を小さくあげた。
「わかったわかった。だが、もう少しあの子を知る機会と、手回しの準備をくれ。周りが騒がしくてかなわんからな」
「ええ、もちろん」
父親はそう言って、相手の男に頭を軽く下げる。男の方は彼女達の父親に付き従うように立っている青年を見て、合図をする。青年はこくりと頷き、父親のそばから離れ、男に近づき従った。
「では、また近いうちに来る」
そう言い残して、男は本来己がいなければならない場所へと戻っていく。その背中を、父親はただ見送った。
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