第10話



「お怪我をされているではありませんかッ!!」


「大したことではないわ。平気よ」


「ご自身を大切にしてくださいと、あれほど申し上げましたッ!!」


「しているわ。今までよりも、遥かにね」


「ですが……ッ!!」



 興奮して声を荒げる柚葉に、白雪はそれでも淡々と言葉を返す。


 事実、この二人がお付きになってからは、出来るだけ自身を大切にしているつもりではある。ただ、そのものさしが、白雪自身と二人とは違うというだけだ。


 白雪は先ほどの自分の言葉通り、大切にしているつもりではいるので、これ以上求められてもどうしようもできない。



「柚葉、落ち着きなさい」


「でも萩乃!!」


「では言葉を変えるわ。あなたの理想を他人に押し付けるのはやめなさい」


「ッ!?」



 萩乃の言葉に柚葉が言葉を失う。言い返したかったのに、その瞳の鋭さに言葉を続けることができなかった。


 萩乃がゆっくりと息をつきながら言葉を続けた。



「わたし達が姫様付きになってから、姫様は以前よりも十分にご自身を大切にしてくださっているわ。それは、あなたも分かっているでしょう」


「で、でも……!」


「でも、ではないわ。大切なのは姫様が以前より――わたし達が姫様付きになる前よりも、ずっとご自身を大切にしてくださっているという事実が大切なのよ」



 萩乃の言葉に、柚葉はうな垂れるようにうつむく。そんなこと、言われなくても本当は分かっている。自分たち二人が来てから、白雪は以前よりも自分を大切にしてくれている。けれど、それは――。



「……萩乃。あまり柚葉を責めないで。私も悪いのだから」


「姫様……」


「柚葉は、私を心配してくれているのよ。……ありがとう、柚葉。けれど、ごめんなさい。私は、あなたが私に求めてくれるほどに、私を大切にはできないわ。けれど、これは……こればかりは仕方のないことのよ」



 白雪は、柚葉にそう言い聞かせる。



「だからお願い。私の代わりに、私を大切にしてあげて」



 そう微笑んで、白雪はふっとそのまま意識を手放した。


 遠くで、柚葉の叫び声が聞こえた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る