紅の鬼姫と異界の統治者

1

第1話

私も、それが欲しいと何度も願い、そして諦めた。


 どうしたって手に入らないものは存在するのだと、理解させられたから。


 それでも。



 ――それでも、心の奥底で、本当に欲している私を。



 ――お願い。あばかないで。






 自分に求められているものがなんなのか分かるかと問われれば、曖昧な答えを返すと、自分でも思う。それは、きっと現実としてそれを受け入れたくないから。


 けれど、本当はわかってもいる。


 だから、はっきりと答えることもできるのだ。


 ――この存在を、隠すように生きること、と。



「何故、ここにいるのですか」



 それは、責めるような言葉。ぼんやりと座って外を眺めていただけなのだが、はっとしたように声のした方を向けば、そこには思い切り顔をしかめた、自分の美しい姉が立っていた。


 瞬間に言い訳を考えたけれど何も思い浮かばず、顔を隠すように俯く。



「わたくしは、何故と聞いているのです。答えなさい」


「……“華の宴”に参加できないので、こちらで、私なりに花を愛でておりました」



 ぽつり、と少女が呟けば、姉の周りにいる女房たちがざわりと騒ぐ。


 口々に「恐ろしい」や「何と恥知らずな」と、罵る言葉たちが飛んでくるのを聞きながら、少女をうつ向けたままの頭を少しだけ揺らす。


 周りが、恐怖に引きつった悲鳴を喉の奥で出す。


 それに慌てて、少女はさらに顔を俯かせる。


 耳が痛くなるほどの悲鳴をあげらるのは、正直にごめん被る。


 ぐぐっと、まるで土下座でもしているかのような格好になったことに、相手を満足させることができたのか、嘲笑が上から降ってくる。



「あなたは、我が左京院のニノ姫であるのよ。それを自覚しているの?」


「……この左京院には姫は一人しか存在しておりません」


「それは世間に公表している偽りよ。事実、あなたはこの家に存在しているの。その自覚をきちんとしているのかと、わたくしは聞いているの」



 そんなことを言われても、いないと言われている存在が、まるでここが己の居場所だとでも言うように振る舞うのは、とてもおかしな話であると、聡明な姉であればわかると思うのだが、この姉は、何故かそれを認めない。


 いつ、どんな時でも、「あなたは左京院のニノ姫」と言い張っているのだ。


 何故そこまでこだわるのか、全くわからないけれど、少女もそれに関しては頑なに首を横に振っていた。



「私などに、この家の家名を名乗ることなどできません。緋雪ひゆき様」


「わたくしは、あなたの姉よ、白雪」


「それでも、私はあなた様を軽々しく“姉”と慕うことはできません」


 顔をうつ向けて、ともすれば、まるで許しを請うように頭を下げているように見える少女――白雪を、見下ろしている姉である緋雪。

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