第9話



 突然だった。


 そう、それは本当に突然で。



「……帰すって、なに?」



 そう繰り返した私の言葉に、目の前の猫耳男は困ったように私を見つめて苦笑を漏らす。



「言葉通りの意味だよ。俺は君をここに連れてくる条件として、課せられた課題があってね。それをクリアできなかったから、君を元の世界に帰すんだ」


 

 私の知らないところで、勝手に決められていた決まり事。


 夜、私の元を訪れなくなって、一年半。あの日が最後だった。それから、この人は私のもとにきてくれなかった。待っていたわけではない。けれど、あの頃に感じていた温もりが消えて、私は理解したのだ。


 ここにきたばかりの頃、夜にこっそりと泣いて、泣き疲れた私を慰めるように包み込んでくれていたのは、目の前にいるこの人だったのだと。


 それなのに。



(……そっちが決めた勝手なルールのせいで、私は強制送還されるって訳?)



 ふつり、と、怒りが湧き上がってくる。


 勝手にここに連れてきて、ここの食べ物を食したから元の世界には帰ることはできないと言っていたくせに、本当はそんなのは出鱈目で、帰ることができたのに、私は三年もの間、ここで時間を無駄にしたということだ。


 この三年というのは、とてもとても大きい。


 ふつりふつり、と。怒りがたぎる。



「ここに縛り付けて悪かったね。でも、もうここにいる必要はどこにもない。だから、もういいんだ」


「……にが」


「?」


「なにが? なにがいいの?」


「え?」


「なにがいいのかって聞いているの。私を元の世界に返すっていうのはそっちの勝手な都合であって、私には一切関係のない話でしょう。なんで勝手に決めるの」


「君は、帰りたいんだろう? 自分の世界に」


「そうね、帰りたいと思っているわ。昔から、今この瞬間でも」


「なら、帰してあげると言っているんだ。喜んでくれると、俺も嬉しいんだけど?」


「勝手に決められたことに、私が従順に従うとでも?」


「だって、君は俺のことなんて好きじゃないんだろう? 求婚している俺のことも、いつも鬱陶しがっていたし。俺からも解放されるんだ。一石二鳥だろう?」



 瞬間に、はらわたが煮え繰り返るんじゃないかと思うほどの怒りに襲われて、私は、自分の目の前にいる男に向かって大きく一歩を踏み出し、その襟首を引っ掴んだ。


 微かな呻き声。周りの慌てる声を聞きながら、それでも私は一言言ってやりたかった。一年半前のあの日の夜に、この男に言われた言葉を。

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