第8話



 あの日からさらに三ヶ月が経ち、私はここに来てから一年と半年を過ごした事になる。


 ……我ながらすごい。


 ベッドの上でころころと転がりながら、私は考えていた。


 ここでこうやって贅沢な過ごし方をさせたらもらっているのは、確実にあの猫耳男のおかげだということは流石の私でも理解している。


 ならばそのお礼として何かを受け入れなければいけないと理解はしているつもりだけれども、どうしても受け入れられないのは、私が彼のことを信じていないからだろう。


 異世界トリップものの小説をよく読んでいた私は、異世界に行った人が無条件に愛されることに疑問を待つようになりはじめていたのだ。


 どうして愛されるのだろう? だって、トリップした先の方が、きっと様々なことが発展していると思うのに。魔法という特別な力、身分という特別な制度。すでに廃止されてしまい、その価値観もわからない“異世界人”が愛されるという事実に首を傾げても仕方のないことだと思う。



(いや、むしろその場で斬り殺されてもおかしくないよね…?)



 そんなことを考えていると、懲りずに私の部屋に訪れる気配が一つ。


 ベッドの上で体を起こして部屋に入ってくる相手を睨みつける。



「……そんなに警戒されると、流石に悲しくなるんだけども…」


「警戒されるようなことしかしてないから仕方がないでしょう」


「そんなにしていないよ?」


「してるわよ!」


「そろそろ、俺の求婚を受け入れてくれてもいいと思うけれど」


「いやよ。だって、私はあなたのことを知らないし、そもそもどうして私なのよ。あなたを助けたっていう理由だけで好きだって言われても、納得がいかない」


「それは、君が決めるべき気持ちでも感情でもないと思うけれどね?」



 ヒヤリとした声音に、私は初めて目の前の人が怖いと感じた。いつもちょっと抜けていて、私の言葉に怯むことなく同じことを私にずっと言い続けてくれていた彼とは違う人が目の前にいるような錯覚に陥る。


 思わず体を抱きしめれば、私のその行動にハッとしたのか、彼が謝る。


 怖がらせるつもりはなかったと。ごめんねと。今日はもう出ていくねと。


 そう言って、彼は私の部屋から出て行ったのだ。心なしか、いつもはピンと立っている頭の耳がしゅんと垂れ下がっているようにも言えたのは、多分、気のせいではないと思う。


 その姿を見届けて、私はため息をつく。



(……別に、あなたのことが大嫌いというわけではないのよ…私は……)



 誰に聞かれることもなく、聞かせるつもりもない言葉を、胸中で呟いたのだった。

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