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「反応がエミと一緒だな」


「気持ち良くて眠くなっちゃうワン」


「んじゃ起こしてやるからギリギリまで寝とけよ」


「ご主人様の腕枕がないと寝たくないワン」


「一緒に寝てぇの?」


「一緒じゃなきゃ嫌ワン」


「じゃ、もう何もしなくていいから腕の中にずっと居とけ」




丁寧に髪を乾かされつつ、メンタルまで構われまくる。


先輩の胸に身体を預けて若干、幼児化。



穏やかな声で甘やかされ、犬どころか子どもみたいに甘えてしまう。



あぁ、ダメだ……。


今日はもう、ずっと甘えておきたい。


学校も習い事もあるから1日中は無理だけど、せめて一緒に居る間はベッタリくっついて一生構われていたい。



出来ればこのまま授業も何もかもサボッて夜まで2人だけで過ごしたい、なんて気を抜けば直ぐに悪巧みを考えてしまう。




「そういえば今日だったな。昴の月命日」


「そうですよ」


「ピアス狩りの件もあるし、向こうがどう出てくるか分かんねぇから。学校でも外でもなるべく1人になるなよ」


「うん」

 

「それと送り迎えに運転手を付けることにしたから。移動する時は呼べ」


「う、運転手……?」


「俺が送ってやれればいいんだけどな。今日辺りにブラックベリーの奴らが動き出しそうな気がするから。ま、念の為な」



ドライヤーの電源を切り、先輩はとんでもないことを何でもなさそうな声で言った。


運転手を付けるって私に?



そんなドコかのお嬢様みたいな……。


俄には信じ難い話だが、先輩は大真面目だ。


片手で器用にパソコンを弄り、運転手さんの顔写真と名前と経歴を見せられる。




――♡――♡――♡――




「これが運転手の顔だから。写真、撮っとけ」


「はい」


「移動するときはこの番号に電話な」



テーブルに置いてあったスマホを手渡され、パソコンに映し出された運転手さんの顔を写真の中に収める。



いかにもセバスチャンって名前が似合いそうな、白髪混じりの初老の男性だ。

 


黒眼鏡とちょび髭が印象的で目が少し垂れ下がってて温厚そうな顔をしている。



名前は瀬木せきさん。


おっとりした見た目とは違い、護身術には長けてるんだとか。


中身は人懐っこく先輩との関係も良好で、私とも絶対に仲良くなれそうだからって理由での人選らしい。



「車に乗る前に社員証を提示させるから。確認してから乗れよ」


「分かりました」


「絶対に他のヤツが運転する車には乗るんじゃねぇぞ。来れなくなったとか代わりに来たとか言われても100%罠だと思え」



とにかく確認してから乗るように強めに言い聞かせて、先輩は社員証らしき物も写真で見せてくれた。


トラブルがあって迎えに行けない場合は先輩から私に連絡を入れるから、と。



勝利さんから借りてる営業用のスマホに瀬木さんの番号を登録して「念の為に位置情報を共有させておく」って、先輩ったら本当に徹底してる……。


私相手にココまでして勿体ないくらい。




――♡――♡――♡――




「罠ですか。乗ったら縛られて監禁コースですかね」


「だけで済めばいいけどな。下手すりゃボコられるし、2度と帰って来れねぇ可能性もある」


「えー…」


「少なくとも拉致ってる時点で俺の女ってのは調べがついてるから。嫌がらせに輪姦まわすくらいはするだろうな」



顔を引き攣らせた私に先輩は“多人数とさせられるとか、ボロボロにされるとか、動画に撮られる”とか、生々しい話を聞かせてくる。



それも始まりから終わりまで事細かに詳しく。


連れ去られたらヤラれ兼ねないであろう話を脅すように。



そういうことに関する知識はあまり付けさせたくないけど、言わなきゃ分からないだろうって考えらしい。



内容は忘れていいから全体像については把握しとけ、と無理難題なお願いをされる。


実際にチーム内でもそんな被害が過去に何度かあったから、と。



「最近は聞かねぇけどな。三代目のときにはよくあった話だ」


「お兄ちゃんが総長をしてた時代も?」


「昴の時もちょくちょくあったな。連れとか元カノとか勝利の姉ちゃんとか、手当たり次第に連れ去られて」


「茉依さんもですか……」


「つっても、あの女は全員食ってやったって誇らしげに帰ってきたけどな」


「さすがですね」



本当にさすが過ぎる。


メンタルが鬼強だ。


見習いたいくらい。


私なんて話を聞いただけで顔が凍りついてしまってる。



――♡――♡――♡――



「何というかまぁ……。正直あの時は他人事って感じで何とも思わなかったけど。今は昴の気持ちが分かるな」


「お兄ちゃんの気持ちを?」


「お前をそんな目に合わすって考えただけで嫌。いっそ島の中にでも隠しておきたい」



いったいドコの島に隠したいと思っているんだか、先輩は甘えるように私を腕の中に閉じ込めた。


自分への恨みが私に向かうのが嫌、そうなるかも知れないと思ったら身動き出来なくなる、それでも背負うモノがあるから無理くり動いてる……と心情を吐露される。




「お前だって嫌だろ?」


「嫌すぎます。そんなの」


「な。俺も嫌だし、そうなったら相手を殺す気しかしねぇから。離れたくなかったら細心の注意を払えよ」


「分かりました。知らない人の車には絶対に乗りません」


「絶対な。約束しろよ」



言い聞かせるように顎を掴まれて顔を上げさせられる。


優しいモカブラウンの瞳に見つめられ、何とも表し難い気持ちになりながら頷く。



日に日に先輩の過保護度が増していってる気がする。


2人だけで収まってた枠すら飛び越えて。



それが心地よくも感じるし、怖いとも思う。



2人で仲良く手を繋いで抜けない蟻地獄に落ちていってるみたいだ。



落ちた先に行き着くのはどんな場所だろう。

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NARI★KITTE 3 柚木ミナ @yuzuki-mina

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