THIRTY-FIVE

p.2



「見えちまうな。これ」


「キスマーク?」


「あぁ、悪い。頭が働かなかった。つか、ほとんど無意識」



――♡――♡――♡――



空が薄っすらと黒から紫になりつつある時間帯。


加賀先輩が住む50階建てのタワーマンション。


窓から見える綺麗な景色を背景に、モコモコの泡が浮かぶ広い浴槽の中で先輩と2人っきり。



私の家から先輩の家に移動すること約1時間。



背後から伸びてきた先輩の指が、存在でも知らしめるように艶めかしく私の首筋をなぞる。



多分、私の家では極力触れないように我慢してくれてたんだろう。


その反動か彼は家に着いてからずっと、私の身体のどこかしらに触れて全然離してくれない。



エミちゃんを撫でるときすら私の手を掴んだままだったから、“ちゃんと撫でろ”と吠え怒られてた。


勿論、その原因である私が彼女から怪訝な目で見られたのは言うまでもない。



「大丈夫ですよ。髪を下ろせばバレません」


「つってもな。正面に付けたやつは隠しようがねぇだろ」


「え、正面?」


「この辺りも私服なら誤魔化せても制服じゃアウトだな」



驚いた顔をする私に先輩は困ったような笑みを浮かべた。

 

釣られるように窓に反射した自分の姿を見れば、予想していた以上にあちらこちらに痕がある。



愛情を知らしめるように、それも隠すのがかなり難しい場所に。



うん。これは、まぁ、確かに。



家に帰るまでの間に消えないだろうし、見つかるのは時間の問題だ。



友達ならまだしも、お母さんやお父さんに見つかったらマズそう。



絶対に怒られるし、間違いなく“相手を呼びなさい”と説教される。



お兄ちゃんの時は2人とも呆れて半スルー状態だったけど、私は何しろ初犯な上にスペシャル真面目っ子のイメージがまだ残ってるから。



あの2人のお説教にも気合が入るというものだ。



一応、今日もお姉ちゃんの家に泊まってることになってるけど、これを見たら本当は裏で何をしてたのかバレバレ。



外出禁止令くらいは確実に出される。


まぁ、外じゃなく私の家で起こった出来事なんだけども。


言い訳の余地もない。



――♡――♡――♡――



「もー、先輩ったらやり過ぎです」



気恥ずかしさ半分、驚き半分。


嬉しさまでMIXさせながら先輩にツッコむ。



いつもは先の先まで考えて動く先輩が、その場の感情に流されるなんて珍しい。



冷静そうに見えたけど、わりと本気で理性が飛んでしまってたのかも知れないなー……と今更になって思い知る。



まぁ、状況を考えれば当たり前か。


さすがに意図があってこんなことをした訳じゃないだろう。


つまり、それだけ私のことが好きってことだ……なんて、見せられた執着心に安堵まで覚えてきてるんだから本当に最近の私はどうかしている。



「お前が昴でいっぱいって顔をするからだろ」


「そりゃお兄ちゃんの部屋に入ったんだから、少しは思い出しますよ」


「だとしてもだ。あいつとヤッたときのことを思い出すのは反則だろ」


「先輩と一緒だったからセーフです」


「良くねぇ。こっちはこの間の好き好き言われまくったやつが尾を引いてんだ。控えろ」


「じゃあ、あまり好き好き言わないように気をつけます」


「言えよ。そこは」


「言って欲しいんですか?」


「そりゃな」



少しだけ照れたように目を細めた先輩に笑みを向ける。



だったら、もう会う度にいっぱい言いまくろうかな。


全部が全部。


先輩の望むがままにあげちゃって。



だって、そうした方がきっと幸せだ。


そうすれば先輩は嬉しいし、先輩が嬉しいと私も嬉しい。



こんな幸せ、世界中を探したって先輩しか与えてくれない。



今だって、愛しくってしょうがないって感じで抱き締めてくれてる。



昨日よりもっと好きになった、と言ってるみたいに。



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