31

 自宅マンションにたどり着いてタクシーを降りた。

 琉輝さんを見送ろうと思ったけれど、彼は私がマンション内に入るのを見届けると言って聞かない。

 タクシーの車体に背中を預けて手を振る琉輝さんにおじぎをし、エントランスに入ろうとしたそのとき、建物の影から小太りの男性が現れておののいてしまった。


「翠々さん」

「うわっ! え、光永さん?」


 私が帰宅するのを待ち伏せしていたのは、叔母に無理強いされてお見合いをした相手の光永さんだった。

 いつからここで待っていたのだろうかと考えたら気味が悪くなり、無意識に後ずさって距離を取った。


「どうしてここに?」

「翠々さんと話がしたくてね。ここの住所は叔母さんに聞いた。電話をしても出てくれないだろうと思ったから訪ねたんだ」


 光永さんの言葉を聞いた私はうつむきながら小さく溜め息を吐いた。

 いきなり訪問されたことに驚いたのは言うまでもないが、私の承諾なく住所や電話番号といった個人情報を勝手に教えた叔母に対してこの上なく失望した。


「お見合いの席ではご無礼致しました。光永さんのご両親も非常にお怒りだと聞いています。本当に申し訳ありません」


 こんな場所で立ち話をするのは嫌だったが、家に上げるのだけは絶対に避けたかったので、この場で手短に話を済ませるしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る