過去も今も一緒くた

29

私の頭の中では色々な計画をしていた。




ここ最近ずっとみっちーに素っ気ない態度を取っていたので、ころっと態度が変わった私を見たら呆れるかもしれないと思ったからだ。




それでも剛ちゃんに背中を蹴飛ばされた今、もう自分の気持ちにこれ以上嘘をつくのは無理だと分かった。




私はずっと前からみっちーの事が大好きだ。




だからきちんと計画をして、結婚してくださいとみっちーに直接口で伝えたかった。




例えばサプライズで何か用意するとかどうだろう。街中に呼び出して、大きなフルスクリーンの前に『みっちーへ』と私の手紙告白を映し出してもらうとか。一体いくらかかるのか知らないけれど。というか、それでは逃げ道を塞いでいるみたいであまりにも卑怯すぎる。これは一旦却下しよう。




もしくは旅行に行きたいとお願いして、行った先でケーキや豪勢な料理を密かにお願いしておき、そこで「結婚してください」と逆プロポーズとして指輪を渡すか。いや、もっとこれは卑怯なのでは。物まで用意してしまったら尚更断りにくいかも。




今まで散々逃げていたのに、急に心変わりした私にみっちーは嫌気がさして、もしかしたら断られるかもと考えて勝手に落ち込む。




なるべく普通に、みっちーの本心を尊重出来るやり方を考えなければと色々想像していたわけだけれど、私は今絶望しながらもホームで立ち尽くしていた。




それらの想像が一瞬で全て崩れ去って、最悪な気持ちを味わってる最中だった。




「えっと?この男性が痴漢したと」



「……はい」




剛ちゃんとホームで別れて自宅マンションへと向かうべく電車へと乗った。部屋に帰ってから今後の計画についてとことん練ろうと思っていたのに、まさかの都会に来て初痴漢というものにあってしまった。




満員電車でぎゅうぎゅうの中、もう一本遅らせれば良かったと後悔していた矢先、足の辺りに違和感があった。




最初は気のせいかもと思ったけれど、明らかに人の手が肌にぎゅっと押し付けられている感覚に飛び上がった。




振り返ったけれど誰か分からず、もしかしたら気のせいかもしれないとつり革を握って人で溢れる車内に視線を向ける。スカートの下から生暖かい手の平が侵入してきたのはその時だった。




「―――――ぎっ!!!」




驚いてとんでもない悲鳴を上げた私に、周りの人まで飛び上がった。




咄嗟に片手を後ろに伸ばすと、スカートの中に押し込まれていた手の平が逃げていく瞬間を捕まえる事が出来たーーーーーーーというのが数十分前の出来事だった。




駅員さんに事の事情を話す間も、スーツを着た誠実そうな男性は「何の事か分かりません。冤罪です」と言うばかりで、近くの交番から警察官が駆け付けて事情を聞かれる羽目になってしまった。




こんな予定では無かったはずなのに。かと言って掴んでしまった手前、見逃すのも違う気がした。




「お姉さん、間違いなくこの人だった?」



「え」




警察官のおじさんは、酷く面倒くさそうに私を上から下まで眺めながらも顔を顰めてる。




おかしい、私は被害者のはずなのにどうして私が責められるような言い方をされているんだろう。




「スカートの中に手が入ってきて、すぐに掴んだので」




ホームでこんな恥ずかしい話をすること事態、嫌な気持ちになる。




一方もう一人の警察官から事情を聞かれている男性は未だに納得いかなそうに「俺は何もやってませんよ」と言い張っている。あまりにも折れる気配が無いので、私の勘違いかもしれないという不安が湧き上がってくる。




でもだって、肌に触れていたし、その瞬間に手を掴んだわけでーーーーーーー命をかけますかと聞かれたら、それは無理だけれど。




自問自答を心の内で繰り返していると「大体ねえ」と警察官のおじさんはもう一度私をまじまじと上から見下ろして「そんな恰好しちゃ駄目ですよ」と言う。




「え、どんな格好ですか」



「そんな恰好って言ったらそんな恰好ですよ」




だからどうして私が悪い事になってしまうのか。




それにそんな恰好と言われる程の格好でも無いはずだ。履いているスカートの事を差されているのは分かっているけれど、全く納得できない。じゃあ女性は皆パンツ姿でいろって事ですか。そうしたら痴漢されないって事ですか。




沸々と湧き上がってくる怒りを何とか押し殺す。




そうこうしているうちに「いい加減にしてくださいよ」と痴漢をしたであろう男の人からも鋭い一瞥を向けられた。




四方八方から鋭い視線を向けられて、私はとうとう委縮してしまった。




もしかしたら勘違い、かもーーーーーーなんて言えば「迷惑な人だ」と再び責められるのが分かっているので固く口を閉ざし続ける。




それを良い事にこのまま無かった事にされる雰囲気へと流れていってしまう。




時間も時間だから警察官の方々も忙しいのかもしれない。




分かっているけれど、この泣きたくなるような気持ちは何なのか。




じゃああの時黙って受け入れていれば良かったって事ですか。




言えもしない複雑な感情を抱えながらも、バックの肩紐をぎゅうっと強く握り締めていると「恰好は全くもって関係ねえし。あなた痴漢常習者だよね」という声が突然ホームに響いた。




顔を上げると、肩で息をしているみっちーが階段を警察官の制服姿で駆け下りてくるところだった。その後に続いて輝さんも階段を下りてくる。




大柄な輝さんが降りてきただけで、目の前に居た警察官の人は恐縮するように肩を竦めてる。




驚きながらも辺りを見渡すと、少し離れた場所にご年配の女性が立っている事に気が付いた。




記憶の中でその方の顔に見覚えがあった。確かひったくりにあわれていた女性だったはず。




口を開けて見ていると、「もう大丈夫です」と言いたげに深く頷き返してくれる。




「沢渡。お前ここの管轄じゃねえだろ」



「その人はうちの駅で良く痴漢してる人ですけどね。大体、可愛い女の子が痴漢されたって勇気だして言ってんのに、恰好がどうとか責めるの違わないですか?まずこの子の気持ちに寄り添ってあげるのが普通でしょ」



「いや、それは」



「ここの駅で女の子が酷い嫌がらせをされてるから来て欲しいってうちの交番に良く来る方が、通報してくれたんですよ。上の方から名指しで俺に行って来いって連絡が来たんです」



「上の方から……」



「何たって〇〇駅のスーパーヒーローとして有名な沢渡充なのでね。上の方々からも俺、結構人気なんですよ」




みっちーは自らの胸を強く叩くと、私へと振り返り「怖かったな」と案ずるように言った。




「勇気だして言って偉いよ」




肩を優しく叩かれて、もう大丈夫だからと囁かれた。




みっちーに連絡を入れてくれたのは、きっとご年配の女性に違いなかった。私の顔を覚えていたのか、はたまたあの時助けてくれたみっちーに信頼をおいていて頼ってくれただけなのか。




どちらにしても、今の私には神様に思えてならなかった。




「あなた、朝と夜の満員電車の時間帯狙ってここら辺何度も往復してるよね。被害届出てますからね」



「何の事ですか。俺は何もしてませんよ」



「目撃者も居るんですよ。この子に痴漢するあなたの姿を見たって連絡がきたんですから」




輝さんも「そうだ」と言いたげな威圧感で深く頷いた。




上から見下ろされて、男性が怯えたように肩を縮こまらせてる。




「あんたに泣かされた女の子がいっぱい居るんだよ。絶対もう逃がさねえからな」と鋭い視線で睨みつけて、男の前へとみっちーが立ちはだかった。




「ごめん、嫌だと思うけど話聞かせてくれる?」




それから私に優しい視線を向けると、「言える所までで良いから」と痴漢の経緯について問いかけられた。




恥ずかしい気持ちはあれど、被害女性が沢山居る中これは最大のチャンスなのだろうと分かった。泣き寝入りしてきた女性達の気持ちが良く分かる。




唯一味方してくれる警察官に「本当に?」なんて問い返されたら、萎縮してしまい言えなかった人も沢山居たのかもしれない。




スカートを強く握り締めながらも、された事を全て話した。




みっちーはその間、静かに怒りを押し殺した表情で全てをちゃんと聞いてくれて、最後に「話してくれてありがとな」と私の頭を優しく撫でてくれた。




「あの、ありがとうございました」




事情聴取を終えて、あの男性は警察署へと連れていかれる事になったらしい。パトカーが何台か駅前へと現れて、男性を乗せて立ち去った。




みっちーの言う、上の人らしい警察官が去り際に私の味方をしてくれなかった警察官の方々をこっぴどく𠮟りつけていた。その方の顔立ちはなかなか恐ろしく、警察官と言われなければ危ない方々と勘違いしてしまう程だった。




頭を下げた私を見て、ご年配の女性は「私の方がありがとうございましたよ」と優しく微笑む。




「あの時ちゃんとお礼を言えなくてごめんなさいね。電車に乗り合わせた時にすぐにあの時の優しい女の子だって気づいたんだけど、人が凄くてなかなか近寄れなかったの」



「満員電車凄かったですもんね……」



「そうしたらあんな事があって、どうしても気になって一緒に駅に降りたら冷たい警察官が来るし、放っておけないと思ってみっちーちゃんを呼んでくださいって電話したのよ。来てくれて良かった」



「本当、助かりました」




女性は「あのね」と小声で私の耳元に片手を添えると、内緒話を伝えるように「みっちーちゃん凄く慌てて来てくれたのよ」と言う。




全て察していますよ、と言いたげに最後に微笑んだ女性はやってきた電車に乗ると「気を付けて帰ってね」と頭を下げてホームを去った。




その姿をぼんやりと見届けると、男性を送り出したみっちーが私の元へと戻ってくる姿が見えた。




向かい合うように身体の向きを変えて、「ご迷惑おかけしました」と頭を下げた。




「ご迷惑なわけ無いだろ」



「でもわざわざ駆けつけてくれたから」



「そりゃ駆けつけますよ。ばあちゃんがみちかの事覚えてて、あの時の女の子が困ってるって連絡くれたんだよ。こっちはみちかだって気づいて心臓止まりかけたけどな」



「……凄く……助かりました」




もう一度頭を下げると「ちょっと良い?」と片手を伸ばされる。背中に回った片腕に引き寄せられて、みっちーの胸の中へと押し付けられていた。




もう大丈夫、怖かったな、来るのが遅くなってごめんな。それら全ての気持ちがその動作一つだけで全部伝わってくる。




泣きたいような嬉しいような、堪らないような。私も言葉では言い表せなくて、みっちーの背中に両手を回して強く抱きついた。




この場に駆けつけてくれた時に、肩で息をしているみっちーの姿には気づいてた。バイクを飛ばしてこの場まで来て、階段を一気に駆け上がってホームまで駆け下りてきた。




体力も足の速さもあるみっちーが、あれだけ疲れていたのは余裕が無かったからに違いなかった。




みっちーの事が大好き。




私は、みっちーの事が大大大好き。




「みっちー」



「うん」



「結婚しよう」



「うん………はい?」




顔を上げると、呆けているみっちーが居た。




私の言葉を一生懸命理解しようと、瞬きを繰り返してる。




今までの私なら「うんって言った!男に二言は無しですよ。女性からの一世一代の告白に「うん」って返事をしたんだから、「何言ってんの?」とか「今のは無し」とかそんなのは駄目です。明日にでも婚姻届けを貰ってきます。二人でペンギンペンで柊みちか、沢渡充って名前を書いて役所に提出しに行きましょう」くらい饒舌に捲し立てたに違いない。




でもそうじゃない、全然そうじゃない。




呆けているみっちーに爪先立ちになってキスをした。




「逃げててごめんね。沢山傷つけてごめんね。自分が情けなくてどうしようもない気持ちは、今も変わらないけど、それでも私みっちーとやっぱり離れたくない。みっちーの事がずっとあの頃から大好きだよ」




だから結婚してください、そう言う前に今度は私に向かって身体を屈ませたみっちーにキスをされた。




瞬きをするのは私の番で、みっちーは制服の胸ポケットに押し込んでいたペンを取り出すと「持ってる?」と問いかける。




そのペンが、今更私が買ったペンギンペンだった事に気が付いた。




何の事を言われているのかすぐに分かって、バッグの中から革表紙のそれを取り出した。みっちーが大事にこの中に保管してくれていたあの日の約束事の紙を丁寧にそっと、透明フィルムの中から取り出した。




けっこんとどけと書かれたその下には、まだ私の名前しか書かれていない。




あの時みっちーは、大きくなった時私の気持ちが変わっていなければこれに名前を書くと言ってくれた。




広げた紙をみっちーが受け取ると、ホームの柱にそれを押し付けて柊みちかと書かれた幼い文字の隣に沢渡充と大人の綺麗な文字で名前を書いてくれた。




「俺も、あの頃からずっと変わらずみちかが好きだよ」



「………」



「俺と結婚してくれる?」



「はい……はい!!」



「すげえ元気良い返事だな」




柱に押し付けていた紙を差し出されて両手で受け取る。




「飛ばされないようにな」



「大丈夫。それにもし飛ばされたとしても、もう追いかけない」




あの時の馬鹿な過ちはもう二度と繰り返さない。




手元からもしもこの紙が無くなったとしても、それでもみっちーは私と結婚してくれると言った。それが何よりの約束事になった。




「やっと言ってくれたな」



「え」




嬉しくて涙ぐむ私を見つめながらも、みっちーは「好きって、やっと言ってくれた」と微笑んだ。




その言葉をずっと待っていたのは私の方だったはずなのに、いつの間にか待たせる立場になっていたらしい事にようやく気付いた。




「これからは、みっちーがもう良いよって言うくらい大好きって言うからね」



「もう良いよってならねえから大丈夫」



「一緒になってから、やっぱり想像と違うとか無しだからね。みっちーが可愛いって言ってくれた私は、背伸びしてただけの私だから。ずぼらなところとかあると思うし、駄目な所とかあると思うし。でもみっちーが嫌な事は言ってくれればちゃんと直すから言ってください。みっちーの良いお嫁さんであれるように努力を」




言葉の途中で「馬鹿じゃねえの」と破顔した表情でそう言われた。




いつだったか言われた言葉と全く同じなはずなのに、全く違う感情の「馬鹿じゃねえの」という言葉。




あの時は怒りからのものだったけれど、今回のそれは気恥ずかしさと嬉しさをない交ぜにした言葉に思えた。




「そんな努力必要ねえよ。いつからみちかの事見てたと思ってんだ。全部知ってるし、全部好きで、全部愛しいよ」




小学校の頃のみっちーと、明るくてちょっとお馬鹿なみっちーが一緒くたになった嬉しすぎる言葉に、私はその身体に飛びついた。




パチパチパチとどこかから拍手の音が聞こえてきて、みっちーと共にハっと慌てて顔をあげる。そう言えばここは駅のホームだった。




少し離れた場所で事の様子を見守っていたらしい輝さんが、少しだけ涙ぐみながらも「おめでとうございます」と言って拍手をしてる。




その音が電車がこない駅のホームにいつまでも長く反響していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る