消えない闘志
11
結婚式当日は美容室emiで夢ちゃんに可愛らしいヘアセットをしてもらい、奈々子と一緒に電車へと乗り込んだ。
場所は都心にある高級ホテルで、お店からも住んでいる場所からも少しだけ離れていた。
本当に奈々子が一緒についてきてくれて良かったと思う。「電車とタクシー乗り継ぐだけだよ」と奈々子は言っていたけれど、私にとってはその乗り継ぎが難しい。田舎に居た頃にはそもそもこんなに多くの電車が行きかう事は無かった。
「噂だけど馬車に乗ってホテル一周するらしいよ」
奈々子は「あーちゃんらしい」と肩を竦めてる。
それって一般の方々にも見られるって事だろうか。馬車に揺られてみっちーと二人、全く知らない人達に祝福される自分の姿を想像してみる。
ありがとう皆、ありがとう。手を振る自分の姿を想像していたら、全く知らない人達に混ざって私を見ている剛ちゃんの姿が想像の中に現れた。
「会いたくないだけじゃねえの?」
辛辣すぎるその一言に幸せな妄想がガラガラと音をたてて崩れ落ちた。
そんな悲しい現実は知りたくない。けれどみっちーのためにも、私のためにもその辛い現実と今日ちゃんと向き合わなければならない。
みっちーは私の事を覚えていますか?みっちーは私の事をどう思っていますか。
昨夜眠れぬまま何度も復習してきた言葉を思い出していると、乗り継ぎのホームへと辿り着き人の流れに流されるまま駅へと一旦下りた。
電車を一度だけ乗り継ぐと目的の駅へと着いた。そこからはタクシーに乗り込み、ホテルへと余裕をもって到着出来た。これも全て奈々子のおかげだろう。
ホテルロビーにはカラフルなドレス姿の女性が目立つ。端っこの方にはスーツ姿の男性が集まって居た。
皆あーちゃんとまあくんの結婚式に来たんだろうか。
ドレス姿の女性が多い中、奈々子は動きやすさ重視と言っていた通りグリーンのストレートパンツのオールインを着ていた。細い腰ベルトを付けて、首には小ぶりのパールが付いたネックレスを付けてる。
細くて綺麗な奈々子はこの会場の中、一際目立っていた。
「あれ奈々子じゃね」
「相変わらず美人かよ」
「結婚してんのかな」
男性達から奈々子を狙うような言葉が微かに聞こえてくる中、当の本人は腕時計を確認すると「お腹減ったね」と奈々子らしい一言を呟いてる。
その時ふいに、少々荒っぽく両肩を叩かれた。
びっくりして振り返ると、「よう」と真後ろには剛ちゃんが立っていて「げ」と顔をついつい顰めてしまう。
苦手意識はどうやっても抜けそうにない。
「どうも御無沙汰しております」
「だから何でそんな他人行儀なんだよ。しかもこの間会ったからな」
剛ちゃんは私の肩から両手を離すと「あいつらお前と話したいらしいけど、どうする?」と集まって居る男性達を視線で捉えた。
奈々子は指先のネイルを見下ろしながら「子供っぽい男は眼中にないから」といつかのように一刀両断した。
格好いい、私も奈々子くらいモテるのなら言ってみたい言葉だ。
「まあ、そう言うと思ったからあいつはやめとけって言ってきたわ。そう言えば充は来てねえの?」
剛ちゃんは辺りを見渡すと、「まだ来てねえのか」と肩を竦めた。
私だってさっきからずっと探してる。けれどみっちーの姿はこのホテル内には今の所無さそうだった。
剛ちゃんが連絡を今でもとっていてくれたなら、何時何分頃に到着なのか確認できたのに。
段々と人が集まる中、披露宴会場へと向かって少しずつ人が移動し始めていく。そんな中でもみっちーの姿は未だに無く、とうとう会場の中へと入り、椅子へと腰を下ろしても、現れなかった。
「もしかしたら来ないのかもしれないね」
落胆する私を見て、奈々子は眉根を寄せると「やっぱりみちが言ってた警察官の人がみっちーなんじゃない?」と言った。
もしかしたらという線を捨てきれず、双子説と兄弟説を信じてこの場まで来たけれど、現れないという事は仕事が忙しく来られないーーーーーつまりあの警察官の人がみっちーそのものという線が濃厚になってきた。分かってはいたけれど、やっぱりそうなんだ。
「私は何のためにこの場に来たんだろう」
「あーちゃんとまあくんを祝福するためじゃない?」
本来の目的を突きつけられ、「そうですね」と肩を落とすしかない。
会場内が祝福ムードになる中、私もみっちーの事は渋々諦めて拍手を送った。
最初に披露宴会場へと入って来たまあくんは背の高い男性へと成長していた。
無骨な表情を見た瞬間、そうだまあくんってこんな感じだったと昔の記憶が微かに蘇って来る。
隣を通り過ぎたその横顔にはあの頃の不安そうな面持ちは無く、立派な大人になってと何だか不思議と涙が込み上げる。
それから登場したのはあーちゃんのお父さんとあーちゃんの二人だった。
純白のウェディングドレスに身を包み、凄く幸せそうに歩いていくあーちゃんの姿を見たら、この場に来ることを尻込みしていた気持ちは一瞬で消え去っていく。
元々綺麗なあーちゃんは、大人になってさらにその美しさに磨きがかかったように思う。綺麗だなあ、感動するなあと両手で大きく拍手を送った。
二人は誓いのキスをすると、そのまま一度全員が外へと移動した。菜々子の言っていた通り、ホテルの入り口には馬車が用意されていて、二人はそれに乗り込むと蹄の音を響かせながらも私達の前から一度姿を消した。
何て豪華な結婚式なんだろう。
「馬車でホテルの外一周とか良くやるわ」
剛ちゃんは「けっ」と肩を竦めてる。僻みはとても情けないと思う。私も人の事は言えないけれど。
式場スタッフの人達に誘導されて、私達はそのまま結婚式の会場へと移った。
バルーンや鮮やかな花で彩られる会場に、集まっていた女性達が「わあ!」と歓声をあげながら写真を撮ってる。
二人の結婚式は何から何まで凄く豪華で圧倒される。
それから始まった結婚式は、頭上から降り注ぐフェザーシャワーと共に登場した二人から始まった。
沢山の花で彩られたテーブルへとついた二人は、互いに幸せそうに微笑んでいた。
「まあくん幸せそうで良かったよ」
「泣くところそこなの?」
だって、小学生の頃大好きなあーちゃんに思いを告げられず、二の足を踏んでいたまあくんの姿を思い出すと本当に良かったなと思ってしまう。
真っ直ぐな愛はいつかはちゃんと伝わるんだなと、まあくんを見ていると自分を励ましてもらえているような気持ちになった。
運ばれてくる料理を口にしながらも、二人の友人達が余興をする様子を眺めていた。歌を踊る人達、ダンスをする人達、盛り上がる会場の中、やっぱりみっちーは現れないままだった。
途中、奈々子と共にまあくんとあーちゃんの元へと祝福の声をかけに向かった。
「みちかちゃん?」
あーちゃんは私を見ると「相変わらず可愛いなあ」と何だか照れくさい事を言う。
「みっちーとまだ結婚してないの?」
「………」
それから続いた直球すぎる問いかけに私は「うっ」と胸を押さえてフラついた。今一番触れて欲しくない話題です。
「あんまり傷口抉らないであげて。みっちーに紹介状は出してないの?」
「出したけど、仕事が忙しいみたいで来られないって返ってきたんだよね」
これだけ待っても現れないという事は、きっとそういう事だろうとは思っていた。
ていうかやっぱり、同じ学校に通っていたんじゃない。悲しみから怒りへと変わりかけた気持ちを何とか押し殺す。相手がこの場に居ないから憤慨したところで意味が無い。
どうして認めてくれないのか。本当に私の事なんてこれっぽっちも覚えていないのか。
「そうなんだ、会いたかったな」と大人の笑顔でその場を何とかやり過ごした。
「では最後に、残念ながらこの場へと来られなかったご友人の方々からビデオメッセージを頂いていますのでご覧ください」
司会者の方の声に、奈々子と共に再び席へと戻った。
前方に大きなスクリーンがゆっくりと降りてくる。
会場の中が暗くなっていき、中央に降りたスクリーンに映像が映し出された。二人の友人らしき人達が次々と映像の中へと現れる中、「ご結婚おめでとうございます。お幸せに」と手を振って次の人へと流れていく。
届いたデザートに口をつけていたその時だった、映像がふっと切り替わった瞬間、会場内が一層騒がしくなった。
顔を上げると心臓を鷲掴みにされるような衝撃を味わった。
目の前に映し出されているのは警察官姿のみっちーだったからだ。
敬礼ポーズを取る姿に、「みっちー警察官になってんのかよー」「すげえーな!」とどこからともなくまた笑い声が湧いた。
「どうもどうも、皆さんお久しぶりです。覚えていらっしゃいますでしょうか、そうです皆の人気者沢渡充です」
相変わらずな喋り方に呆けている私を置いて、会場内は盛り上がっていく。隣の奈々子をそっと窺うと、スクリーンの光を浴びながらも、険しい表情をしていた。横顔にはうるさいという感情がありありと書かれてる。
みっちーは自らの自己紹介で「二人とは⚪⚪小学校から一緒でした!」と明るく言った。
持っていたシャンパングラスをひっくり返しそうになる。私が聞いた時には違うと否定していたのに、あっさり認めてる。人違いだと言ったのに。
怒鳴り付けたい気持ちをグラスを強く握り締める事で耐えた。沸き上がる怒りと羞恥と絶望とそれから悲しみで肩が震えた。
画面の中に居るみっちーは、残念ながらこの場に来て、盛り上げ役が出来ない事を嘆き、きっと物凄く綺麗になっているであろうあーちゃんのウェディングドレスを拝めない事を残念だと言い、まあくんの男らしくなった姿を見て酒を酌み交わせないなんて悲しいと言う。
どの言葉を取っても私には誰ですかあなたという疑問しか湧かない中、他の皆も「あれ?みっちーってこんなだっけ?」と疑問を浮かべていそうな人が中には居た。
最後にもう一度、おめでとうお幸せに。俺も幸せになりてえわーと天を仰いで呟くと、そこで全ての映像が終了した。
口をあんぐり開けたまま時が止まっている私を置いて、この場に居る人達は残りの食事へと取り掛かっていく。
まあ数年会ってないし性格が変わっていてもおかしくないかー、あんな感じだった気もするし、という曖昧な会話すら聞こえてくる。
もっと皆、みっちーについてよく思い出して欲しい。あんな感じでは決してない。
呆然としたままゆっくりと会場を見渡すと、ふいに剛ちゃんと視線が絡んだ。強い眼差しに捉えられて、視線を逸らせなくなる。
何を言われるわけでも無く、剛ちゃんはただジッと私を見つめると、それからすぐに視線を逸らして同じテーブルの男の人達の会話へと戻ってしまった。
「みちは二次会どうするの」
それからの記憶は何故か真っ白だった。
美味しい料理の味すら今は何も覚えてない。
酔ってもいないのにふらふらしながら会場を後にすると、奈々子は盛り上がる後ろの集団を振り返った。どうやらこの後、二次会が始まるらしい。
祝福したい気持ちはあれど、気持ちが全くついてこない。
「……今日は帰ろうかな……」
「そう。じゃあ私は少し参加して行っても良い?」
いつもの奈々子なら、「じゃあ私も帰る」と言いそうな所、これからの事を察しているのかこの場に留まる姿勢を示した。
「う、うん。あの一つ聞きたいんだけど、さっきの映像の中に居たのは紛れも無くみっちーなんだよね」
「そうだね」
「……やっぱり偽物では無いんだね」
「正真正銘みっちーだった。でもあんなんじゃないって言われたらそうだったような気もする。みちほどみっちーと仲良く無かったから絶対とは言えないけど」
「そっか……そうなんだ……。でも私が小学校の名前を出したとき、そこには通ってないって言ってたんだよ。やっぱり私には会いたく無かったのかな」
「それは……分からないけど」
菜々子は眉尻を下げると「直接聞きに行くんでしょ」と何とも言えない表情で言う。
頷くと「辛いことがあったら慰めてあげる」と言ってくれた。
菜々子はあの頃からいつも私の大切な友人で、私を支えてくれる柱みたいな存在だ。欠けてしまっては、決して私は立っていられない。
「一人で帰れる?電車間違わない?」
ふらふらな私を案じて、奈々子は「やっぱり一緒に帰ろうか」と言った。
けれどそれを片手で制止て「大丈夫」と頭を振った。駅まではタクシーに乗って行けば良いし、そこからの電車の乗り継ぎさえ間違わなければたどり着ける。
迷子癖は直っていないし、都会の多い電車には未だに慣れないまま。だけれど、ここからは私一人で向かわなければ意味がない。
「大丈夫」
もう一度自分に言い聞かせると、覚束なかった足取りがしっかりとした。この後行かなければいけない場所はもう決まってる。
ホテルを一人後にすると「おい」と後ろから呼び止められた。
振り返ると急ぎ足で追いかけて来る剛ちゃんの姿があって少しだけ身構えてしまう。
隣へと追いついた剛ちゃんは「毎度毎度身構えてんじゃねえよ」と乱暴に身体事タックルしてきた。
弾き飛ばされて転びそうになりながら「何ですか」と冷たい声音で問いかけると、剛ちゃんは少し考えるように視線をどこかへと投げてから「あの時悪かったな」と素っ気なく言った。
あの時と言われて、小学生の頃の出来事を思い出した。
それは、私だって悪かったのに。
会った瞬間に謝れば良かったものを、何を大人気なく意地を張っていたんだろう。
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