第41話

春の生温い暖かさを含んだそよ風が海岸に吹く。

寄せては返す海原を正装姿のザクラは見つめていた。

「海を見つめるの、本当に好きだよな。ザクラ」

「ん?」

ぶらっきぼうな言い方をする、星利の呼びかけにザクラは振り返る。

「まあ、見ていたい気も分からなくはないけど」

そう言いながら星利はザクラの横に並ぶ。

「何回も旅の報告に王宮に行っているけど、やっぱり遠いな?」

「そうね」

星利の言葉にザクラは笑う。

「…こうして海を見ているとさ、ちょっと信じられないよな。お前が海救主だったことも、そこでたくさん起きた出来事も」

「そうだね…」

ザクラはそう返して少し悲しい顔をする。星利はその顔に慌てる。

「ごめん、嫌なこと思い出させちまったな」

「ううん、大丈夫だよ」

ザクラは、波のぎりぎりまで近づく。そしてそっとその波に手を触れた。

「確かに、楽しかったことよりも悲しいこと、辛いことの方が多かった。お母さんも私を庇って死んでしまったし蘭も私を庇って。エメラルドやたくさんの犠牲がウィ-ン·ウォンドに…」

「ザクラ…」

「でも、あんなことがあって、それを乗り越えて、私たちは確かに生きている。次へ繋がっている」

ザクラはそう言って鞄から、数枚程の写真を取り出す。

そこには、笑顔を浮かべたたくさんの子どもたちに囲まれた、ザクラと星利の姿があった。

「海救主ではなくなった後星利と一緒にしてきた、世界の現状を知るためとお礼を言う旅。そこでは既に『次』が生きていた」

ザクラは写真を眺めていく。

「戦いの後、みんなもそれぞれ『次』へ生きている。鈴は神社を継いで、北斗も柊家の当主になった。星香さんは独立して自分の病院を経営し始めたし」

そして最後の1枚は、自分たちの子ども、椿の笑顔の写真だった。

「この波も止まることなく、ずっとずっと続いていくんだろうな。…元・海救主からしたら、この波が止まってほしくないかな」

ザクラはそう言って写真をしまう。

「…お前はほんとに変わらないな、ザクラ」

「ええ?」

「海救主の力を失ったとしても、お前はやっぱり海救主様だよ。奥さんになっても、母親になってもお前はお前だな、って」

そう言ってザクラを見つめる星利の目は優しい。

「星利…」

「…お前こそ、ずっとずっと変わらずにいてくれよ」

「…うん」

「さ、そろそろ帰るぞ。俺らの大事な『次』が帰りを待ってるからな」

星利はそう言ってザクラに手を差し出した。

「うん」

ザクラは差し出された手を握る。

そして2人は歩きだした。『次』へ。


世界を想い戦った海救主は、これからも世界を想いながら生きていく。

あなたが幸せだと感じられる世界を。時には辛辣な、でも愛おしいこの世界を。


『どうか、幸せな世界でありますように』と。


海の御子 ~完~

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