第22話
「それじゃ、春風さん。お大事にね」
「はい、ありがとうございました」
そう言いながらガラガラとザクラは引き戸を閉めた。
2人は無言で、ザクラの家への道を歩いていく。
「・・・今日、いい天気だね」
その無言に耐えられなくなったザクラが、そう言いながら空を見上げた。
「ああ。秋らしい、高い空だな」
星利も空を見上げる。
季節はすっかり秋になり、空は高くなっていた。
「・・・春風」
「ん?」
「体調、なんとかなって良かったな」
「うん。島江先生いわく、思う存分体を動かしていいって」
「『思う存分体を動かしていい』って・・・」
星利はそれを聞いて苦笑する。
「お前頼むから、大暴れなんかするんじゃねえよ? 旅していた時みたいに」
「流石にもうしないよ。 私の体力はあの頃より少し落ちたし、それに・・・」
ザクラはそう言って、胸元にあるガラスの筒のペンダントを手にとった。
「もう、戦う理由もなくなったからさ」
そう言うザクラの悲しい顔に星利は既視感を感じる。
「春風・・・」
「さ、帰ろ帰ろ。帰ってお茶でも飲もうよ」
星利の気遣う様子に気づいたザクラは、パッと表情を元に戻す。
そして、それがなかったことのように歩き出した。
そんなザクラを見つめながら、星利はあることに気がついた。
「・・・なあ、春風」
ちらりとザクラの右手首を見た星利はザクラを呼び止めた。
「なに?」
ザクラはくるりと星利の方を見る。
「・・・春風、お前、俺が贈った腕時計まだつけてくれてるんだな。
ちゃんと動いてるか?」
「う、うん」
ザクラは腕時計をつけた右手首を見る。
「あの時から動かないんだよね。 ウィーン・ウォンドの戦いの時から。気に入っていたのに残念だな」
そう言ってザクラは苦笑する。
その顔を見て再び星利は胸を締めつけられる。
「贈った側からしたらこれ以上なく嬉しいけど、動かない時計をつけている意味あるのかよ」
「いいじゃない、別に」
「いやいや意味ねーよ」
「えー、大きめのブレスレットだと思えばいけるんじゃない?」
「いやいや」
そう言って星利は吹き出した。
「ちょっと、なに」
「そこまで言うほど、その腕時計を気に入ってくれたんだな。 ほんと、嬉しいわ」
そう言う星利は微笑む。
「なっ・・・」
その優しい微笑みを見てザクラは固まる。
「だ、だって、私が『いいな』って言っていたものだし。 それに、プレゼントだったらなおさら大事に使いたいじゃない」
照れながらザクラはそうやって早口で言った。
「ならさ・・・直しに行かね?」
「え、今から?」
「いや、いい天気だしさ。このままお前の家に帰っても暇だし」
「まあ、そうだけど・・・」
「それに、そんなに気に入っているのなら、直せた方がいいだろ?」
「うん」
「大丈夫だよ、俺がついているし。なんかあったら守ってやるから」
「星利・・・」
星利はガシガシと照れ臭そうに頭を掻いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな」
ザクラはそう言って微笑む。
「・・・おう」
まだ『満開の大輪の花のよう』ではないが、ザクラが少し笑ったのを見て星利は少しホッとしたのだった。
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