3章 失恋と甘辛生麩田楽
第7話 失恋と甘辛生麩田楽①
立花は惚れっぽい。
それは今に始まったことではなく、男が好きだと自覚した15歳の時からだ。
長身で筋肉質で凛々しい顔つきの男性が好みなのだが、そんな人にちょっとでも優しくされたり、頼られたりするとコロリ。たちまち恋に沼ってしまう。
ただ、真正面から恋をすることには心底疲れてしまっているので、多くはわざと片想いで終わらせるのだが――。
◆◆◆
「休憩時間っすけど、飯行きます? 立花部長」
正月気分もすっかり終わった1月半ば。
デスクでひたすら事務仕事に打ち込む立花の頭の上から降ってきた低音の良い声――。
立花が「もう昼?」と投げやりに頭上を見上げると、切れ長な目の男性社員と視線がかち合う。
「ちょっと手ぇ空かへんので、遠慮せずに先どうぞ」
「そうっすか。邪魔してすんませんでした」
両者、淡々と会話を交わして終了。しかしチクチクとした棘はバッチリと認知し合っている。
去り際にその男性社員は、「はぁ~。付き合いわりぃ。女子と飯かよー」と他の部下たちにわざと誤情報を散布していくのだから、陰湿この上ない。
(くっそぉぉ! 聞こえとるし!)
ムギギと唇を噛み、悔しい気持ちを必死に抑える立花は、男性社員のことは忘れて会議資料の修正を再開しようとした。
だが、やはり怒りが収まらない。
なぜならこの資料は先程の男性社員が作成したもので、嫌がらせのように酷い出来だったからだ。
(ホンマふざけんな! こんなん上に上げれるわけないやろ!)
カタカタと高速タイピングを続けるも、いっこうに間違いの箇所は減らない。
だが、この資料を本人に直させていたら日が暮れるどころでは済まないだろうし、今度は違う箇所を弄られるかもしれない。
しかし昼からは管理職会議、夕方には上司と共に外に出る予定。このままでは今夜もサービス残業ルート確定だった。
(理不尽。ほんま理不尽……!)
誰もいなくなった部署でひとり、栄養補助食品をがしがじと齧る。
そして思い浮かべていたのは、先程の男性社員のこと。
彼の名前は薬師寺勇吾。三つ年上の先輩社員で、入社した時の立花の教育係。今は立花の部下。そして――。
(ほんま悔しい! なんで昔好きやったんやろ!)
若かった立花が恋をして、失恋した男性だった。
(くっそ。相変わらず目の毒やし)
薬師寺の長身細マッチョ体型と彫りの深い顔は今でも最高にタイプだし、シャツの下から覗く腕筋を見ると不覚にもドキドキしてしまう。
だがそれはあくまで情景反射であると、立花はその度自分を叱咤する。
なぜなら、薬師寺は立花が女好きかのように吹聴したり、わざと手を抜いた仕事をしたりするからだ。
(昔はそんな人とちゃうかってんけど……)
立花が薬師寺のことが好きになったのは、もう十年も昔。新入社員だった頃だ。
営業部に配属されたばかりの立花はどこへ行くのも薬師寺と一緒で、コミュニケーション能力が高く、仕事も効率的、新規契約もどんどん取ってくる彼を憧れの先輩として尊敬し、何でもかんでも真似していた。
薬師寺も立花を食事に連れて行ってくれたり、社内のサークル活動に誘ってくれたりと、かなり可愛がってくれていたと思う。
毎日が新鮮で楽しかった。学生時代に不遇な恋しかして来なかったからか、それとも元々惚れっぽくチョロい性格だったからか。立花は毎日が出勤日だったらいいのにと思うほど薬師寺を好きになり、彼に好かれようと必死に仕事をし、役に立とうと努力した。
だがしかし。
「彼女と別れ話が拗れて困ってんだよ。女の子が傷つかないフリ方教えてくれよ」
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