2章 白味噌お雑煮と年上男子

第4話 白味噌お雑煮と年上男子①

 正月の京都といえば、八坂神社や平安神宮といった有名所に初詣に行く人も多い。

 立花も学生時代は張り切って神社を梯子して、おみくじやお守りを買っていたのだが――。


 一月一日、自宅にてミーティング資料作りと会議議事録チェック。

 一月二日、同上。そして新規企画書と得意先挨拶回りの割当リスト作り。

 一月三日、年明けの会議資料の準備を会社にて行う。


(どこが正月やねん……。まぁ、黒日より仕事は捗るんやけど……)


 皮肉だが、手を止めなければならない問い合わせやメールが来ないので仕事はするすると進む。元々立花はかなり仕事ができるので、この三賀日で消化した業務量は平日二週間分相当ではないだろうか。


「はぁ……」


 肩をグリグリ回しながら窓の外を見ると、いつの間にかすっかり夜だ。


 明日の朝には、このオフィスに立花が苦手な社員たちも出社して来る。

 部下が「彼女とデートしたんですか」と聞いてきたり、上司が「親には顔見せたのか?」と説教じみたことを言ってきたりするのだろう。うっさい黙れと叫びたくなるが叫べない。またそんな日常が再開されるかと思うと、立花は思わずため息をついてしまう。


(これは……栄養補給せんとやってられへん!)


 デスクトップの電源を落とし、部署の鍵を閉めて会社を飛び出す。


 立花が思い浮かべていた栄養、それは年末に立ち寄った【酒処おにづか】という店のお酒とご飯。そして店主の鬼の青年――鬼束錦君だ。


(でもあれ……、ほんまなんやろか)


 彼から酒呑童子の呪いの話を聞かされ、また来て欲しいと言われて喜んだが、あの時は久々の酒に酔っていた。もしかして何もかもが夢で、本当はお店すら存在しないのではないかと疑いたくもなってしまう。


(だって、鬼なんていいひんよなぁ……。俺、疲れすぎて変な夢みてたんかも……)



◆◆◆


「わぁ、お兄さん! なかなか来てくれないから、僕、あの日のことが夢だったのかって思い始めてましたよ!」


 夜更けに山科安朱の住宅街に行ってみると、そこには【酒処おにづか】の暖簾があり、その暖簾を片付けようとしている銀髪の青年がいた。

 青年は立花の姿を見つけると、慌てて暖簾を掛け直し、こちらに向かって大きく手を振ってみせる。


「夢やなかった……」

「それ今僕が言いましたよ。さあ、寒いでしょ? 中にどうぞ」


 銀髪の隙間からちらりと見えた鬼の角を見て、立花は改めて不思議なこともあるものだと深く頷いた。


「ずっと待ってたんですよ。僕、禁酒ストレスがほんとつらくて! なんでお正月、来てくれなかったんですか?」

「え。正月って休みちゃうの?」

「その言葉、そのままあなたにお返しします」


 今日は出勤日ではないので、スーツは着ていなかった。普段着ならば仕事帰りに見えないと踏んでいたのに、あっさりと見破られたことに驚きを隠せない。


「なんで分かるん。鬼パワー?」

「年末に僕の料理でリフレッシュしたはずなのに、信じられないくらい顔がやつれてるからですよ」

「そんなに?」

「そんなにです」


 鬼束青年はやれやれと笑いながら、立花をテーブル席に案内してくれた。ほかほかのおしぼりが気持ちよく、それだけでほっこりしてしまう。

 立花がそうやって冷えた手を温めていると、不意に鬼束青年が近づいてきて、右手で立花の頬に優しく触れた。


「へ……っ?!」


 思わずドキッとしてしまう。頬を誰かに触れられるなんて何年ぶりだろう。ちなみお医者さんはノーカウントだ。


「に……錦君……」

「ミンチ」


(ミンチ?!)


 急になんやと立花が目を丸くしていると、鬼束青年は至極真面目な顔で口を開いた。


「ミンチになるんです。鬼パワーって呼び方はアレですけど、代表的なのは怪力ですかね。いつもはこの数珠でセーブしてるんですけど、外すと触れただけでミンチができます。もしくは小間切れ」

「こっっっっっわ!!」


 立花が慌てて身を引くと、鬼束青年は「あはははは」と腹を抱えて笑った。どうやらからかわれたらしい。


(小悪魔め。いや鬼か)


「笑ってるけど、嘘じゃないですよ。人体で試したことはないですが、コンクリートを粉砕したことはあるんで」

「ひっ」

「いいリアクションをありがとうございます。あ、それと――」


 面白がられてムッとしていた立花を見て、鬼束青年はなんとも言えない視線を向けてきて――。


「僕のこと、錦君って呼びましたね」

「……!」


 うっかり心の中の呼び名が口に出ていたらしい。その時のことを思い出し、立花は思わず真っ青になってしまった。


(うあぁぁ……。俺めっちゃ馴れ馴れしい奴やん! めっちゃキモイやん! ミンチになって消えたい!)


「ごめん……!ごめんな……。ほんま嫌やんなあっ?!」

「立花さん、大袈裟すぎますよ。僕は別に気にしてません」


 錦は立花の必死の謝罪に驚いたようで、「照れて赤くなるかと思ったのに」と少し不満そうな顔をしていた。

 どうやら、またからかわれたらしい。


「立花さん。どうぞ錦君って呼んでください☆」


 パチンッとあざといウィンクが飛んでくる。


(くそぅ……。遊ばれとる……。俺は年上が好きやのにぃ!)


 けれど、イケメンのウィンクは正義。

 錦のそれを全身で浴びた立花だった。

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