第5話

 ミモザの花は、小さな丸口金でひとつひとつ丁寧に絞った。黄色のクリームも一色ではなく、微妙に濃淡を変えてグラデーションにした。クリームは、独自配合のバタークリームだ。


「奥が深いよね、フラワーケーキ」


 様々な口金を使って色とりどりの花を絞りデコレーションする、繊細なフラワーケーキとの出会いが晶の人生の転機となった。


 晶の夢は、高校時代にはじまった。


 たまたま観た、オーダーケーキ専門店に密着した海外のリアリティ番組が、この世界に足を踏み入れるきっかけをくれたのだ。ショーケースに並ぶカラフルなデコレーションケーキに心を奪われ、ケーキデザイナーという海外では人気の職業に憧れるようになった。


 しかし、製菓専門学校を卒業し、パティスリーケーキ店へと就職した晶は、決められた作業をこなすだけの日々に、いつしかモチベーションを失ってしまう。地道な作業こそ、ケーキ作りにおいて大事な工程であるとことは、理解していたいつもりだったのに。


 仕事に慣れずに叱られてばかりの新人時代も、繁忙期のクリスマスは絶対休めなくても、辞めたいと思ったことは一度もなかった。ケーキ作りが好きだったからだ。


「店を休んだところで、デートする相手もいなかったんだけど。ふっ」


 晶は額にかかった前髪を払う。

 夢のせいにはしたくないが、晶に恋人と呼べる相手がいたことは一度もなかった。

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