〈ミモザ〉

第4話

 話はひと月ほど前に遡る。


 冬の寒さがやわらぎ、春のあたたかな陽射しが心地よく感じられるようになってきた三月。栗色の長い髪をひとつに縛って帽子を被り、白いコックコートにエプロンを付けた晶は、スマホを片手に作業台の前に立っていた。


 作業台の上には、タブレット端末が置かれている。晶が自作した、〝ケーキラボラトリ・ミモザ〟のウェブサイトが開かれたままだった。


 ここは、売り場のない作業場だけの、オーダーケーキ専門店である。晶は独立したばかりの、駆け出しケーキデザイナーだ。


 ケーキデザイナーとは、様々なイベントや行事に合わせた、特別なケーキのデザインをするケーキ職人のことを指す。


「まさか、この私が店を持つことになろうとは」


 マンションの一室ではあるが、キッチンには業務用の機器が揃っている。おかげで、開業における初期費用をかなり抑えることができた。親切な不動産屋さんが、居抜き物件を紹介してくれたおかげだ。


 ピンポーン。ピンポーン。


 インターホンが鳴らされているのには気づいていたが、晶はあえて知らないふりをした。


 ウェブサイトには、黄色のクリームでミモザを描いた可憐なフラワーケーキの写真が、一面に掲載されている。SNSでプチバズりした、晶の自信作だ。

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