第10話
人ではないものの纏う空気を背後に感じて社がある方へ振り向いた。
「…あなたは…」
振り向いた先にいる人物に俺は驚いた。
「…つづみ…?」
体調を崩して寝ていると聞いたはずの、つづみがなぜここに。
「…久しぶりじゃの、柊家の次男坊よ」
そう言って、つづみはニッと笑う。
久しぶり、その一言と言い方が頭に引っかかる。
つづみは、俺に幼少期から仕えてきた女の子で俺に対して敬語を使う。そんな古めかしい言葉を使わないし、俺を名前で呼ぶはずだ。それにあんなにニッと笑わない。
「…いや、つづみ…ではないな?」
そう問うと、つづみーーーのような人物は再びニッと笑う。
「旅をするうちに、人ならざるものの雰囲気がわかるようになったかの? さようじゃ。
私はつづみという者ではない」
「旅を同伴していた海救主さまが、毎晩のように人ならざるものと戦ったからね」
俺は杖を地面に落とし、代わりに刀に手をかける。
「…つづみをどうした?」
刀を引き抜く構えを取り、つづみの形をした人ならざる者を睨みつける。
「そんな恐ろしい顔をするでない。大丈夫じゃ、今は身体を借りているだけじゃ」
落ち着け、と人ならざる者は制止する。
「身体を借りているだけ?あなたは何者なんだ?さきほど、わらわの庭でなにをしている、と言っていたが」
俺はまだ刀を引き抜く構えを解いていない。
「わらわは、この社に住む神でおぬしら柊家の守り神である。そして火の神であり、この柊の里の氏神じゃ」
「…あなたが柊家の守り神…」
「左様。旅に出た柊家の次男坊が帰ってきて、あいさつにきたと聞いたので、会いに参ったのじゃ。人の姿の方がお前たちには見やすいだろう」
「そうですか…」
危険はなさそうだ、と判断して俺は刀から手を離す。
「お前が柊家の守り神か…!」
ムクっと標はが身体を起こした。
俺は手を離したばかりの刀に手をのばし、身構えた。
標はククク、と笑うと柊家の守り神に刀を槍投げのように投げ飛ばした。
まずい!
俺は守り神の目の前に入り、標の刀を振り払った。
「がはっ!」
振り払われた刀は標の目の前の地面にガチャンと音を立てて落ちた。
「ご無事ですか!?」
そう言いながら、後ろを振り返る。
「ああ、無事じゃ。かたじけない」
守り神はそう言って息を吐いた。
「と言っても、お前が心配してるのは、つづみという娘の身体の方であろう」
ムスッとした顔をする守り神であったが、やはりどうしてもつづみが拗ねたようにしか見えない。
なんともいえない顔をしていたのだろう、守り神は俺の肩にポンと手を置いた。
「大丈夫じゃ、ちゃんとこの娘に身体は返す」
「約束ですよ?」
守り神はうなずく。
「…おい、そこの者よ。神に刃を向けるとは、大罪であるぞ」
刀とともに転がっている標に守り神は強く言い放った。
そのビリビリとした畏怖を感じさせる様に、さっきの柔らかい表情はどこにいったんだよ、と思った。
「しかも、柊家の当主と当主候補のみしか登れぬこの社に足を踏み入れるとは図々しいほどにもほどがある」
「しかし!私も柊家の血を引く者。柊家を継ぐ資格はありますーーー」
神が怒る雰囲気に俺に巻き込まれて圧されながら、標が守り神に畏怖される様子を見ていた。
「たしかにお前も次男坊と同じく現当主の血を引く者。だが、柊家の当主や火創主の力を継ぐ資格はお前にはない」
守り神の放つ雰囲気で木々が揺れる。守り神は怒っている。
「当主の血を引く、というだけでは柊家の当主や火創主の力は継げぬ。火創主の力は、自分を置いて他人を労った、初代柊家当主に与えた火の力だ。力を正しい方に使う術を知っていること、自分を取り巻くすべてを慈しむ度量。その素質と扱える技術を身につけられるかを見据えて私は火紋を与えている。お前にはその兆しが生まれながらになかったのだ」
標はぐっと地面で拳を握る。
「力なんて正義に使えば人を救えるが、悪に使えば人を傷つけてしまうからな」
守り神のその言葉に、激戦の末に憎しみで湧く自分の気持ちを抑え宿敵にとどめをささず、宿敵とその恋人を共にあの世に送るため力を使い果たしたザクラちゃんと、恋人を蘇らせたいがために莫大な力を得た末にザクラちゃんに倒される宿敵を思い出した。
「…それにお前、次男坊が帰るまで里を荒らし民を苦しめていただろう?この娘も苦しめておって」
「いえ、そんなことはしておりませんーーー」
「嘘も大概にせよ!全部見ておったわ!」
守り神のその言葉に、俺と標は固まる。
「…次男坊、わらわとこの娘に体調崩してしばらく寝ている、と知っておろう?」
「はい」
「それは、柊の里の土地がこやつに荒らされたからじゃ。だから体調を崩してしまったのだ」
「それはどういう…」
よく分からない。柊の里の荒れ方がなぜつづみに影響を与えるんだ?
「…この娘は、この土地神の娘だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます