第9話
赤石山の道は整備はされてはいたが、石畳の道は朝露に濡れて足を滑らせてしまいそうになる。
ーーーこれは気を抜いたら危ないな。
手に持っていた杖をぎゅっと強く握り直した。
そうやって歩き続けていると、あることに気がついた。
ーーー誰かいるのか??
どこからか視線を感じて、悟られないようにゆっくりと周りを見渡すが、誰もいない。あるのは樹木と草花、あとは隠れている動物たちだけだ。
「…気のせいか」
動物たちが見慣れない人間を観察しているのだろうか。そうだといいのだが。
視線を感じることは変わらないまま、俺は山頂にある、氏神の社にたどりついた。
「えっ」
柊家を表すかのような燃えるように赤い神社の社の前で、なぜか標がいた。
「よお、北斗」
「なんで…お前がここに?裏山には柊家の当主と次期当主候補しか入れないはずだが」
驚きながらもなんとか冷静を保ちながら標を睨みつける。そんな俺を見て標はにやりと笑う。
「お前がここに来ることは事前に知っていた。それに、俺も柊家の次期当主候補だぞ?ーーーお前を殺せば、な?」
「この神聖な場所を血で染める気か?それに俺が死んでも、もう1人の火紋の持ち主である夏彦がいる。無駄だ」
「それは問題ない。お前を殺した後、夏彦も血を流してもらう」
「なっ」
「そうすれば、柊家にいる男は父上を除いて俺ただ1人。澪や日向には柊家は継げない。だから、俺が柊家を継ぐことになる」
そう言って、標は笑う。
ーーーやっぱりこいつはクソ野郎だった。分かっていたけど、こんなに性根が腐っていたとは。
「どうせ俺と夏彦を殺したところで、お前は柊家を継げない。『火焔石』を扱える素質がない」
俺の腕輪にある火焔石が怒りに湧くように赤く光る。
「それも問題ない、その石を奪って今から鍛錬を積めばーーー」
ーーー分かってないな。
それを聞いて俺はため息をついた。
「分かっちゃいないな。この石の力、そんなこんなで簡単に扱えるものじゃないんだよ」
やれやれと思いながら俺は鋭く標を睨みつけた。
「夏彦ならまだ幼いし素質がある証である火紋がある。でもお前はいい歳したおっさんだしそもそも火紋がない。いくら柊家の後継者の席が空くという緊急事態が発生したとしても、火の神様が許してくれないだろう」
「お前は昔からそうだ。そうやって頭固そうに説教をする。その説教臭いのが昔から嫌いだったんだよ」
そう言って標は腰の鞘から刀を引き抜く。
ーーー本気かよ。
俺は標を見据えて身構える。
「俺は、この頭脳で生きてきたし、これからもこの力とこの頭脳で生きていくからな。お前こそ早く察しろよ、自分になぜ火紋が出なかったのかを」
すると、それが着火点になったのか、標が刀を俺に振り下ろしてきた。
俺はそれを見定め、スッと避ける。
「つべこべうるせえんだよ。さっさとその火焔石をよこせ!」
またしても、標が刀を振る。俺は続けてスッと避ける。俺が避けた拍子に標はよろける。
ーーー弱い。
ザクラちゃんたちと旅をしてきて、俺もたくさん戦う時があったけど、こんなに弱い奴と戦うのははじめてだ。
「力任せに刀を振るとバテるぞ」
その言葉通りにバテ始める標を尻目に、俺はザクラちゃんが旅の最中で目の前で戦う姿を思い出していた。
ーーー綺麗だったな、戦うザクラちゃん。
もうザクラちゃんは戦うことはない。宿敵を倒したし、そのために海救主の力を使い果たしてしまったから。ザクラちゃんのようなすごい人が戦う場からいなくなるのは正直名残り惜しい。
「…もう終わりか?」
最後に刀をひと振りした後、標は崩れるように地面に膝をつけた。膝をつけた標は肩で息をしながら俺を睨みつける。
「いい加減諦めなよ、お前は柊家を継げない」
俺は杖の先を標に向けた。
「…くっ」
標は悔しそうに肩を震わせる。かと思いきや、高笑いをし始めた。
「あっはははははは」
俺は杖先を標に向けたまま距離をとる。標の笑いは気が狂ったような、そんな笑いだった。
「…なにがおかしい」
その時、ブワッと風が吹き、まわりの空気が変わった。その風を受けて山の森がしなる。俺はゾワッと背筋をなにかが走っていくのを感じた。寒さではなく、人間ではないなにかがいるようなーーー。
「わらわの庭でなにをしておる」
その言葉にバッと後ろにある社の方を振り向く。
「…あなたは…」
そこにいる人物の姿を見て俺は目を見開いた。
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